すれ違い天使Lovers
初デート
日曜日。数日前が玲司の誕生日と知った美咲は誕生祝いを兼ねてデートに誘う。ミラからの忠告が気になるものの、自分が美咲に良い影響を与え、天使蔑視の思想を変えたい想いもありデートに臨んだ。
美咲がデートに選んだ場所は遊園地で、日曜日ということもあり親子連れが多く見られる。中には天使一家と見られる家族もおり、天界との垣根が緩くなっていることを実感した。
遊園地という場所もそうせているのかもしれないが、いつもより増して美咲ははしゃぎ楽しんでいる。最初に観覧車を選んだ辺りは予想外なものの、楽しみ方としてはアリで玲司も同じように楽しむ。
ベンチで並んで座りオレンジジュースを飲みながら雑談していると、目の前で五歳くらいの子供が不安げな表情でうろうろしている。背中に見える真っ白な翼が純真さに拍車をかけていた。
「迷子みたいだな。助けて来るよ」
「えっ?」
「えっ、って何?」
「あ、ごめん。早く行ってきてあげて」
美咲の返答に疑問を抱きつつも玲司は声をかけ、迷子センターまで送り届ける。美咲はベンチから一歩も動かず、玲司が帰って来るまでじっとしていた。センターから戻ると玲司は気になっていたことを問う。
「あのさ、さっきの迷子。天使だから助ける必要無いとか思った?」
「うん。子供だし流石に殺意までは沸かなかったけどね」
さも当たり前のように語る美咲を見て玲司はショックを受ける。
「それはいくら何でも間違ってる。さっきの子供と葛城さんの人生とは係わり合いがない。困ってる子供がいたら人間とか天使とか関係なく助けるのが本当だと思う」
「ん、それは分かるよ。でもね、理屈じゃないの。ゴキブリを可愛いと思えないくらいの次元の話。八神君の意見は正論よ。でも、私には困っているゴキブリも助けてあげなよ、って言われているのと同等。これからも助けることはないと思う」
淡々と語る美咲は心からそう考えているようで、全く悪びれる様子もない。
「その考え、どうしても変えられない? 思想を持つ成人した天使はまだ分かるとして、子供は天使も人間も同じだ。心に一点のくもりもない。言わば全ての子供が天使なんだよ」
「その意見を借りると、私は全ての子供を敵視することになるね。ま、人間の子供は嫌いになりきれないけど。って言うか、付き合い始めにこういう押しつけはしないって言わなかった? ルール違反だと思う」
「うん、確かにとがめたりしないと言った。でも、子供対して取っていい行動とも思えない。人間の尊厳と言うか根本というか、上手く言えないんだが」
「じゃあ私の根本は人間じゃないし、悪魔なんだろうね。今は八神君といるから抑えれるけど、もし居なかったらさっきの子供斬ってるかも」
完全に笑顔が消え半ば戦闘体勢に近い雰囲気の美咲を感じて緊張感が高まる。
(ヤバイな。葛城さんのこの目、完全にキレかかってる。でも今回の件は引いてはダメな気がする。子供にまで殺意を向けるのは異常だ)
短い時間で考え抜いてみるも、良い案も浮かばず玲司は思いきった行動に出る。
「葛城さん」
「何?」
おもむろに左手で美咲の頬を添えると黙ったまま唇を奪う。突然のことで美咲も目を丸くするが、それがキスだと認識した瞬間体温が急上昇していく。十秒近い長めのキスを終えると、玲司は目を見つめながら近距離で口を開く。
「俺、子供好きなんだよ。だから俺の好きな人にも子供好きであって欲しい、人間とか天使とか関係なく。美咲の気持ちは分かるけど、やっぱり子供に罪はない。俺が好きって言うなら、子供も好きになって欲しい、子供好きな美咲って素敵だと思うから。約束してよ、子供に優しくするって」
熱い眼差しと甘い言葉と掛けられ、美咲は顔を真っ赤にさせつつためらいがちに頷く。
「ありがとう、やっぱり美咲は良い子だね。君が彼女で良かった」
玲司が繰り出すトドメのの笑顔で、美咲はノックアウトし、とうとうその場でうなだれてしまう。隣で見つめていると、美咲はやっとの思いで口を開く。
「や、八神君……」
「ん?」
「反則よ、あんな攻撃。私、頷くしか選択肢ないじゃない」
「うん、それが目的だから」
笑顔で言われると美咲は反論のしようもない。
「ちょっと強引だったのは認めるけど、約束は約束だから、これからは子供に優しく頼むよ」
「わ、分かった。でも大人の天使には容赦しないから。それはこれからも変わらない」
抵抗する意味も込めて言っているのが見て取れるが、まだキスの影響を受けているようで顔は赤い。玲司はただ笑顔でみつめ続け、否定も肯定もしない。美咲は堪らずベンチを立ち上がり、背中を向けたまま話しかける。
「八神君、さっきから私の事、美咲って呼び捨てにしてるね」
「嫌なら止めるけど」
「嫌じゃないよ。代わりに私も玲司って呼んでいい?」
「もちろん」
玲司の言葉を受け、ベンチに向き直した美咲は再び笑顔になっており、少し照れながら玲司の名前を呼んでいた――――
――翌日、苦手な数学の授業を話半分で聞き流しているところにメールが入る。マナーモードにしており、周りの生徒にもちゃんと配慮している。メールを開くと討伐依頼のメッセージが見て取れた。
(おお、ナイスタイミング。学校を公然と抜けれるし)
おもむろに席を立つと教諭に討魔依頼で早退する旨を告げ、荷物をまとめる。クラスメイトも玲司がデビルバスターということは理解しており、普通に送り出してくれる。
ミラも当然ながら支度を始め、男子生徒から激しく応援されている。小走りに教室を出ると、留真が既に待ち構えており頷く。
「レイ、場所は確認したか?」
「高尾山だろ。しかも、中将クラスの強ええヤツ」
「天使側が全滅しないうちに早く参戦しないとな」
「私は先に飛んで行くが、一人なら背負ってやらんでもないぞ」
ミラの言葉に留真が目を輝かす。
「お姉さま! 是非僕を御背中に!」
傍に書け寄ろうとした瞬間、真横から留真の目の前に日本刀が突き付けられ緊迫感が走る。
「留真、そなた本当に橘家嫡男の自覚はあるのか? 情けない顔して」
鋭い目つきの千尋を見て、留真のみならず玲司も焦る。
「えっ、ママ、なんでここに?」
「臨時理事会です。留真、貴方は私と一緒にリムジンで高尾山に。レイちゃんは私の愛刀・獅子王(ししおう)を持って先に行きなさい。今回の敵はかなり危険です。十分気をつけて立ち回りなさい。状況を見て危ないと思えば待機や逃走も考えること、いいですね?」
千尋のアドバイスと獅子王を受け取ると玲司は走って外に出る。先回りして待機していたミラと目が合うと、ミラは黙ってひざまずく。玲司も敢えて何も言わず背中に掴まる。
「振り落とされても拾わないから、そのつもりでいろ」
背中越しに冗談とも本気とも取れる言葉を受け玲司は苦笑する。
「了解、宜しく頼む」
玲司の返答を受け、ミラは玲司を背負ったまま勢いよく空中に飛び立つ。普段の生活では絶対経験できない、風を切り裂くような爽快な感覚が肌をなぞる。
(この感覚、ずっと昔に経験した記憶がある。広い背中とどこまでも広がる青い空。きっと親父の背中に乗ったことがあったんだ……)
遥か上空に飛び上がる二人の姿を、不安げな眼差しで美咲は見守っていた。