何度でもあなたをつかまえる
千秋は、千歳とアイコンタクトを取ってから、重々しく言った。

「……既に、領子(えりこ)さんと百合子ちゃんは、我が家とは関わりのない人間になった。数日中に荷物も全て実家に送り届けるので、そのつもりでいなさい。」

「それでは、もう?」

母の確認に、千歳がうなずいた。

「先ほど、車の中で弁護士の先生からお電話をいただきました。区役所に既に提出していただいたとのことです。……ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。」

「あなたが謝ることじゃありませんよ。……けっこうです。不愉快なことは、もう忘れましょう。」

頭を下げた千歳に、母はクールにそう言った。


母と兄が淡々としていることが、かほりには不思議で仕方なかった。

「あの……お兄さま。……百合子ちゃんとは……もう……逢えないのでしょうか……。」

恐る恐るそう尋ねたかほりに、兄の千歳は表情を変えずに言った。

「逢う必要は、ない。……あれは、橘の血を引いていない。比喩ではなく、他人だ。」


……他人……。

そんな……。

「ついさっきまで、かわいい姪っ子だったのに……。そう簡単に切り替えられませんわ。」

かほりが途方に暮れたようにそうつぶやくと、母の表情が変わった。

「ええ。私も、かわいい孫だと思ってましたわ。私にも、お父さまにも、千歳さんにすら似てなくても……領子さんによく似た美人だと、むしろ我が家の誰にも似てないことを喜んですらいましたわ。……あの子のお洋服を選ぶのがどれだけ楽しかったか……。」

目が据わっている……。

かわいさ余って憎さ百倍、というところだろうか。


母は怒りに震えて……泣き出した。

「こんな屈辱……耐えられません。こんな……こんな……」

「もう忘れると、ついさっき、あなたが言ったのに……仕方のないひとだ。」

感情的になりそうな妻の肩を抱いて、千秋がそうなだめた。

そして、かほりに向かって言った。

「気持ちはわかるが、こうなってしまった以上、領子さんと百合子ちゃんのことは諦めなさい。」

「……。」

かほりは、返事できなかった。

家族だと思ってきた人達のことを、そう簡単に切り捨てられるわけがない。

……折を見て、個人的に連絡を取ることは……可能だろうか……。
< 100 / 234 >

この作品をシェア

pagetop