何度でもあなたをつかまえる
「相手の男のことはわかってるんですか?」

しれっと、そんなことを聞いたのは、雅人だ。

一瞬、空気がぴんと張り詰めた。


「……聞いてない。聞く必要もない。」

千歳が冷ややかな声で答えた。


「ふぅん。……千歳さんは、ご存じなんすね。そっか。じゃあ、まあ、しょうがないっすよね。」

「雅人!?」

ふんふんと独りで納得してる雅人に対して、兄が怒り出さないかと、かほりはヒヤヒヤした。


しかし、千歳は……怒るどころか、むしろうっすらと笑った……。


かほりは、何となく背筋が薄ら寒く感じた。

兄夫婦が、世間一般的な恋愛結婚のように仲睦まじいとは思ったことはない。

でもこれでは……兄は、むしろ、離婚できてせいせいしているようにも……見えなくもない……。

怖い……。


かほりは、無意識に雅人の腕をぎゅっと握っていた。




「で?雅人くんのほうは、片が付いたのでしょうね?」

父の千秋が、おっとりとした口調で、そう尋ねた。

……ココで、今、聞くか?

一瞬たじろいだけれど、雅人は開き直ってニッコリと笑ってみせた。

「はい。ココに来る前に、区役所に寄って来ました。……奇(く)しくも、千歳お兄さんと同じ日に独身に戻りましたね。」


「……はあ?……どういうことです?」

母の目が再び険しくなった。


……あ……ちょっと……まずいかも……。

何も知らなかったらしい母の様子に、かほりは思わず目を閉じた。


雅人もまた、困ったように千秋を見た。


当の千秋も、失言に気づいて、顔をこわばらせていた。


あーあ。

雅人は、開き直って言った。

「間違って結婚してしまったのですが、取り消して参りました。」

「……かほり以外の女性と結婚して、離婚した……ということですか?」

母の確認の言葉に、かほりの胸がズキンと痛んだ。


「はい。バツイチになりました。」

雅人の言葉を聞くや否や、母はくるりと踵を返して出て行こうとした。

「お母さま!?」

驚いて、かほりが呼び止める。

千秋も慌てて妻の腕と肩を捉えた。

「放してください!こんな……こんな……」

ぶるぶると、怒りに震えている。

おそらく、母は……無理矢理飲み込んだ、元嫁に対する怒りを、雅人に重ねてぶつけたのだろう。
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