何度でもあなたをつかまえる
まったく痛くなかったけれど……手を上げられたことはショックだった。

普段、感情をほとんど露わにしない母親が、本気で怒っていた。

「……ん……」

物音と気配で、雅人が目を覚ましてしまった。

ぼやーっとした、視点の合っていなさそうな目で……空を見渡す。

かすかに腕を上げて、イテテ……と、小さく唸った。

「……腕、痛い……千歳さん……体力あるから……身体中痛いよ……もう……ライブの前はやめてってお願いしたのに……」

頼む、それ以上言うな……。

千歳は心の中で、雅人に懇願した。


目の前の母親の瞳が、不自然にゆらゆら揺れ始めた。

……涙が……白い頬を伝い落ちた。

「お母さん……」

「……もう一度言います。出て行きなさい。……千歳も……あなたも……。」

母親は、道端のゴミでも見るように冷たい目で雅人を一瞥すると、部屋を出ようとして……立ち止まって、振り返った。

そして、冷たく言い放った。

「かほりにも二度と会わないでください。私は、生涯、許しませんから。」

「お母さんっ!」

「え!?」

さすがに、雅人の目も意識も、しっかりと覚醒した。


かほりの母親は、ようやく自分の存在に気づいたらしい雅人をキッと睨み付けてから……スタスタと行ってしまった……。



「……千歳さん……今の……夢……じゃないよね?」

呆然としてる雅人に、千歳はパジャマの上衣を着てから謝った。

「すまない。……俺が……迂闊だった。」

いつも偉そうな千歳が、本当に悪かったと思っていることが、ちゃんと伝わってきて……雅人は事の重大さが少し理解できたような気がした。

「……そっか。……いや、俺も楽しんだから。……でも、やっぱり……ココでヤッたのは……失敗だったね。」

雅人はそう言って、頭を掻いた。

酔っ払ってヤッちまって、明朝まずいことになってる……な~んて、これまでにも数え切れないほど繰り返してきた失敗だ。

でも、何となく……これは……今までとはレベルが違うぞ……。

楽観的な雅人も、さすがに途方に暮れていた。

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