何度でもあなたをつかまえる
「別に擁護するわけちゃうけど、ヒモって言うより……パトロンちゃいますか?音楽でも、芸術でも、成功するまでは金銭的に助けてくれる存在が必要やし。」

ヴァイオリンを奏でながら、空がそう口を挟んだ。

……しっかり聞いていたらしい。


「美しく言えば、そうだな。私も、家の財産を食いつぶした後は、妻の実家がパトロンみたいなもんだった。」

「……え……そうなんですか?」

かほりは目を丸くしていた。

「ああ。まあ、その前に、バブルが弾けた時にだいぶ目減りしてたけどな。」

そこじゃない。

東出の実家の事情ではなく、かほりが聞きたいのは……奥さまの実家に、どの程度の金銭的援助を受けていたのか……負い目はなかったのか……。

……雅人が、ずっとかほりの実家になるべく頼らないようにしてきたのを、かほりは、歯がゆく、悲しく思っていた。

「それは……ご結婚後の話ですか?」


すると、東出はニヤリと笑った。

かほりの意図はバレバレだったらしい。

「俺は、あいつみたいに、プライドをこじらせてないからな。つきあいだしてすぐ、渡航費も、留学のための滞在費も甘えた。てか、今も、甘えっぱなしだけどな。」

「……そうですか……。あるいは、雅人も……、バロック音楽で生きていく気になってくれたら……受け入れてくれたのかもしれませんね。」

そう言ってみたものの、雅人が……大学を受験するときに音大を選ばなかった……あの時点で、雅人は橘家からの援助を完全に拒絶していたのだろう……。

思えば、雅人とかほりにとってのターニングポイントだったのかもしれない。


……いいえ。

違う。

諦めない。



かほりは、ふるふると首を横に振って……それから、すっくと立ち上がった。

「電話します。」


「え……。今、日本、何時や?」

時計を見る空に、東出が答えた。

「明け方だな。……女のベッドじゃ、着信音で目が醒めても、電話に出られないだろうけどな。」

嫌な言い方をわざとした東出を、かほりはちょっと睨んだ。

「……ホント、意地悪ですね。」


いつの間にか、アンナも歌うのを辞めて、会話に聞き入っていたらしい。

「デンワ……telefoon?ノーノー!行く!Go!」

日本語とオランダ語と英語で、アンナはそう言った。
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