何度でもあなたをつかまえる
「クルーゲ先生のレッスンを受けてみたいの。」

数日後、やっと逢えた雅人の腕の中で、かほりはそう伝えた。


「……え……来日するって?」

玉の汗を額に輝かせて、息を弾ませた雅人を、かほりはうっとりと見つめた。


……大好き……。

離れたくない……。

一生こうしていたい……。


「いいえ。私が行くの。ケルンへ。」


甘美な痛みが胸に広がった。

雅人の動揺が伝わってきた。


「俺のこと、おいてくの?」

心地よい余韻にたゆとうかほりに、雅人が寂しそうにそうつぶやいた。


「ちょっと違うわ。……このままじゃ、私が雅人においていかれちゃうから。雅人がバロックに戻ってきたとき、私もちゃんと地位を確立させていたいの。」


そのために、勉強するの。

何も、距離をおきたいわけじゃない。

2人で生きていくために、今できることを、がんばりたいの。


雅人は、苦笑した。

「……やばい。そんな顔されたら……」

「……反対できなくなる?」


決意は既にかほりを変えたらしく、両親も認めざるを得なかったようだった。


実際、停滞していた年月が嘘のように、かほりは活き活きとした表情をしていた。



雅人は、かほりを強く抱きしめた。

折ってしまうんじゃないかというほどに力を入れても、逃れようともせず、逆にしなやかに俺を包み込もうとすり寄ってくる、愛しい存在。

……他の女の子とは、まったく違う……失いたくない、ずっとこの腕に抱いていたい、かけがえのないヒト。

小さく惨めな俺には、別世界の、手の届かない存在だったはずなのに……そんな卑屈さを忘れるぐらい、盲目的に俺を愛してくれる唯一無二の恋人。

リストラされた伴侶と我が子を捨てて若い男と逃げた実母より、自分を捨てた会社に息子を餌にすり寄ってなおも寄生する哀れな父親よりも、普遍の愛を信じさせてくれる絶対神。


「……やりたくなる。」


ウェットな想いを押し殺して、雅人は再びかほりをむさぼった。


白い肌を桃色に染め、普段の取り澄ましたクールなお嬢さまからは想像もつかない、かわいい悲鳴を挙げさせる。

喘ぎ過ぎて、のどが切れちゃわないように、唾液を流し込むような深いキスを重ねる。


大事に大事に……抱きつぶす……。


言えない想いを込めて。

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