何度でもあなたをつかまえる
「……ごめんなさい。」

気を利かせた一条がスタジオへ行くと言って事務所を出ていくのを待って、りう子はかほりに謝った。

かほりは、首を傾げて見せた。

「……何に対して、謝ってくださってるの?」

意地悪でも嫌味でもなく、かほりはりう子の心の中を見極めようと、そう尋ねた。


りう子は、少し言い淀んで……ため息をついてから、口を開いた。

「ごめん。謝ることが多すぎて、何から言ったらいいんだか。……そうね……尾崎のこと……かほりちゃんに言えなかったことが一番かな。」

「……うん。……でも、教えてくれなかった気持ちもわかる。……私の状況を慮ってくれてたんでしょ?」

冷静に考えれば、わかりすぎるほどわかる。

りう子も……父も、たぶん雅人自身も……、私が仕事を投げ出して帰国しないように、口をつぐんでいたのだろう。

かほりにそう確認されて、りう子はばつが悪そうにうなずいた。

「うん。それは、そう。……正直、何度も悩んだけど……かほりちゃんのご家族とも話し合って決めたの。かほりちゃんが1年間のお仕事を終えてから伝えよう、って。……お父さまが代表してドイツに赴いてくださる予定だったの。」

そう言いながら、りう子はかほりにコーヒーを入れてくれた。

ボタン1つで機械が勝手にその場で豆を挽いてドリップしてくれるコーヒーだけど、普通に美味しかった。

「……そう。でも1年もあれば、雅人は再婚できるし、お相手の女性は妊娠して出産まで完了しちゃう。……できたら、早めに教えて欲しかったわ。」

りう子を責めるつもりはなかったのに、ついついそんな口調になってしまった。

かほりはコーヒーに口をつけて、心を落ち着けた。


りう子が言いにくそうに言った。

「……ごめん。でも、やっぱり私の口からは、言えなかったわ。……かほりちゃんには幸せになってほしいもん。……かほりちゃんが尾崎のことをどれだけ好きかは、よくよくわかってるけど……できたら、尾崎以外にも目を向けてほしい。」


「……りう子さん……。」

本気で、言ってるの?

私に、雅人をあきらめろ、って……。

かほりは呆然としていた。

信じられない。

心から応援してくれたはずなのに……どうして?

そんなにも、雅人の心は私から離れてしまったの?


やっぱり、信じられない……。
< 124 / 234 >

この作品をシェア

pagetop