何度でもあなたをつかまえる
行かないでほしい。

俺のそばにいてほしい。


いや。

俺を待っていてほしい。


ずっと……かほりが、どれだけ留学したかった、わかってる。


欧州各地で開催されるバロック音楽関係の夏期講習を2人で巡って、留学先を決めた。

ハンブルクで新婚のように暮らすはずだった日々を、俺も楽しみにしていた。


……でも、あいつらを……茂木や一条を、今さら裏切れない。


IDEA(イデア)の終わりは、そう遠くないだろう。

だから……それまで……待っていほしい。

俺をおいていかないでくれ。



雅人の想いは、言葉にしなくても、かほりに伝わる。

どれだけ浮気しても、どれほどかほりをないがしろにしてIDEAにかかりっきりのようでも、雅人にはかほりが必要なのだ。



それを確信できたからこそ、かほりは独りでドイツに行けた。


……離れても、変わらない。

むしろ、お互いの大切さを痛感するだけ。


淋しさに負けて、他のヒトに逃げるか……音楽に逃避して耐えるか……。






4ヶ月ぶりに逢った雅人は、相変わらず飄々としていた。

わざわざ空港まで迎えに来たかほりが、うれしさに泣きじゃくるので、チャラい芸能界の話で呆れさせることで涙を止めた。


雅人にとって、かほりの涙ほど怖いものも、嫌いなものもない。


離れてる期間、一切連絡を取らないのも、泣かれるのが怖いからだ。

泣かれるぐらいなら、怒られたり、恨まれるほうがずっといい。

いっそ、俺のことなんか忘れて、かほりを笑顔にしてくれる男がそばにいてくれたらいいのに。


……そんな身勝手な願望を空想するほどに、かほりを愛しているのだが……。




「いらっしゃ~い。」

まるで新婚夫婦を迎えるトーク番組の司会者のようなふざけたイントネーションで迎えた空(そら)を見て、雅人は動揺した。


もちろん、同居人の一人が男だったことは、とっくに聞いていた。

ケルン・ボン空港からRE(レギオナルエクスプレス)に乗る前に、かほりの携帯に、到着時間を問い合わせてきたぐらいだから、俺を待ちかまえていたのだろう。


……しかし、こいつは……聞いてない。

空は、や~らしい細目が印象的な、かなりのイイ男だった。
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