何度でもあなたをつかまえる
かほりは教授のアパートのスタジオでチェンバロを調律した後、橘家に帰宅した。

何も連絡してないのに、父も兄も、かほりを待ち構えていた。

りう子から連絡があったようだ。

「……なんて顔してるんだ……。」

かほりの泣き腫らしたまぶたと、むくんだ頬に、父の千秋は胸が痛んだ。

千歳もまた、長い間胸に抱え続けてきた罪悪感を、もはや押さえきれなかった。

「すまなかった。……全部、俺が悪い。……俺が……雅人くんを、この家に居られなくしてしまった。……この状況は、全て、俺の責任だ。本当に、悪かった!」

自身の離婚の時よりもよほど堪えているらしい。

身体を真っ二つに折るように、千歳は頭を下げた。

「お兄さま。頭を上げて下さい。……お兄さまのせいだとは思いません。」

かほりは兄の千歳にそう言ってから、改めて父と兄に深々と頭を下げた。

「お父さま、お兄さま、申し訳ありませんでした。……お2人のお気持ちも……ご尽力にも、感謝しかありません。」

意外と落ち着いているかほりに、父の千秋は却って不安になった。

やけを起こさないといいが……。

この期に及んでも、かほりが雅人をあきらめるとは思えない。

むしろ腹が据わっているように感じる。

……りう子から、かほりがさんざん泣いたと聞いている千歳もまた、妹が何らかの覚悟を決めたような気がした。

「お母さまにも、ごあいさつを……。」

「……では、私はこれで。お父さん、失礼します。かほり、改めて明日また話そう。」

突如、身を翻した兄の千歳に、かほりは首を傾げた。

「お兄さま?……お仕事ですか?」

「千歳は家を出た。……りう子さんがお母さまに取りなしてくださったおかげで、我が家に出入りすることはお目こぼしされているが……まだ、お母さまは千歳に会おうとなさらなくてね。」

父の説明に、兄はうなだれて……それから、顔を上げて父に言った。

「すみません、お父さん。……悪いのは俺なので……お母さんが一生許してくださらなくても、仕方ないと思っています。」

いったい、どんな修羅場だったのだろうか。

兄の覚悟に、かほりの胸がまたざわつき始めた。

沈黙のなか、きぬずれの音が近づいてきた。

ハッとしたように、兄が廊下に目を向け……慌てて逃れようとしている。

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