何度でもあなたをつかまえる
「私は、そのように執念深くはありませんよ。」

微笑みすら浮かべて、母が現れた。

「申し訳ありません!」

兄がまた、深く頭を下げた。


「りう子さんからお話はうかがいました。……もう充分反省されたようですね。せっかくかほりさんも帰ってらしたのですから、千歳さんもお戻りなさい。……ごきげんよう、かほりさん。ご活躍ですね。いつまで日本にいらっしゃるの?」

りう子さんって、すごいかもしれない。

お母さま、むしろご機嫌よさそうだわ。


「ただいま戻りました。お母さま、突然の帰国でお騒がせいたします。ご連絡もせず、申し訳ありません。」

一応そんなふうに挨拶してみたけれど、

「……先ほど、りう子さんからうかがって、驚きましたよ。……本当に。あなたは。家族がどれだけ呼んでも帰国なさらないのに、あの子のことになると目の色を変えて飛んで帰って来ますのね。ほとほと呆れますわ。」

と、ちくりちくりと言われた。


「お母さん……。」

兄の千歳は困惑して、言葉に詰まっている。

母は、ほほ……と小さく笑って、女王のように言った。

「もうよろしい。過ぎたことです。……今夜はかほりの帰国と成功をお祝いいたしましょう。」

千歳は黙って目を閉じ、母に深く頭を下げた。

千秋は、千歳の肩をそっと抱き、珍しく寛容な妻に感謝の目を向けた。

「ありがとう。久しぶりに家族がそろって、うれしいよ。」

母はうなずいて、それから父の腕にそっと自分の手を絡めてから、父の顔を見上げて言った。

「私も。あなたと2人きりは……うれしゅうございましたけれど……淋しくもありましたわ。……ふふ、りう子さんもお誘いしたのよ。でも、家族水入らずを邪魔したくないとおっしゃったの。……それで、私、言いましたのよ。りう子さんにも家族になってほしい、って。」

千歳の頬が赤らんだ。

兄もまた、りう子のことを憎からず想っていることを目の当たりにして、かほりは母の願いがあながち的外れでないことを知った。

同時に、よそよそしかった父と母が何だか仲良しになっているように見えることに少なからず驚いた。

考えてみると、千歳の元嫁の領子(えりこ)と、孫娘だと思っていた百合子が出て行き……、半年後にその千歳と居候の雅人が追い出されたわけである。

むしろ大家族だった橘家は、父と母の2人だけになってしまったことになる。

もちろんお手伝いのかたや調理師さん、運転手さんはいらっしゃるけど、別棟だし、家族ではない。

2人がどのような生活を送ってきたのか想像すると、微笑ましい気がした。

ナチュラルに父に甘えるように寄り添っている母を、かほりは初めて見たことに、今さらながら驚いた。
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