何度でもあなたをつかまえる
その夜、千歳は半年ぶりに自宅で眠った。

追い出されたとは言っても、雅人のように、泊まるアテも金もないというわけではない。

ずっと快適なホテル住まいではあったものの、やはり慣れた自室は格別だ。


冬の冴え冴えとした青い月を眺めていると、妹のかほりが廊下から声をかけた。

「お兄さま。……少し、ご一緒に、呑みませんか?」

まさか妹から酒に誘われる日が来るとは思わなかった。

2年半のドイツでの生活は、妹を確実にオトナにしたようだ。


「なんだ、ビールじゃないのか。」

かほりはグリューワイン用のスパイスセットを空から持たされて帰国した。

家にあったワインで作ってみたグリューワインを、陶器のビアジョッキになみなみと注いで兄に手渡した。

つーんと、アルコールの揮発を感じて、千歳は顔を背けた。

「身体が温まって、よく眠れますのよ。……なかなか寝付けない時に、同居人の空くんが、よく作ってくれますの。」

かほりはそう言って、ジョッキを両手で持って口を付けた。

……さすがに、ちょっと量が多かったかしら……。

「空くん……な。気の利く、イイ奴らしいな。……あいつが……雅人が珍しく焼き餅を焼いてたぞ。」

そう言って、千歳もひとくち飲んでみた。

甘いが、スパイスが心地いい……。

なるほど、絶妙だな。


「……俺が言うのもナンだが……その、空くんじゃダメなのか?……絶対、雅人よりかほりを幸せにしてくれる……って、雅人が言ってたが。」

かほりの顔が般若のように歪んだ。

「私の幸せは私が決めますわ。」

取り付く島もない。

千歳は妹の頑固さに今さらながら舌を巻いた。

「しかし、あいつは……四六時中そばにいないと……無理だろ……。」

兄の言う通りだ。

かほりは、微笑すら浮かべてうなずいた。

「重々承知しています。何度も繰り返してきましたから。……あと半年たって契約が切れたら……もう、離れません。」

「……そうか。」

千歳は天を仰いで、グリューワインをグイッと飲んだ。
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