何度でもあなたをつかまえる
気まずそうな兄に、かほりは言った。

「ねえ、お兄さま。1つだけ確認させてください。……雅人とはお戯れですのよね?恋してらっしゃるわけでは、ありませんよね?」

ぶっ……と、千歳はワインに咽せた。

ゴホゴホと咳を繰り返し、涙目で妹に訴えた。

「すまない!勘弁してくれ!……恋愛じゃない。以上!」

「……けっこうですわ。……よかった。もし、お兄さまが本当は雅人に恋い焦がれてらしたなら……私、随分とお兄さまを傷つけて来たのではないかと心配でしたのよ。」


千歳は、妹の意外な一面を目の当たりにして、ただただ驚いた。

かわいそうに、ずっと雅人の浮気に振り回されて、感覚が麻痺しているのかもしれない。

なるほど。

りう子さんと親しく友達付き合いできるわけだ。

……もっとも、それは俺も同じ……か。


千歳は、目の前のかほりと、いつの間にか心に住み着いているりう子、そして……断じて恋愛ではないが性欲に負けて関係していた雅人と自分の関係に、改めて苦笑した。


……いや、待てよ。

俺にとっては、笑っちまうような状況だけど……かほりは……ずっと、こんな感じだったわけだよな。

ひっきりなしに、自分以外の男とも女とも仲良くなっちまう恋人なんか……よく、いつまでも好きでい続けられるものだ。

精神的にかなりマゾなんだろうな。


……大丈夫か?

幸せになれる気がしないぞ……。


千歳は、妹の幸せを心から祈りつつも……何度もため息をついてしまった。






翌日、りう子が出勤前に橘家を訪れた。

父も兄も既に会社に出勤していたが、母は大喜びでりう子を迎え出た。

共にランチを望んだが、りう子には仕事がある。

かほりも、チェンバロの搬入を手伝いたいし、調整も練習も必要だ。

時間はいくらあっても足りないぐらいだ。


不満そうな母に、りう子はライブハウスのチラシを手渡した。

「狭い小さな会場ですが、もしよろしければお席を準備いたします。いらっしゃいませんか?」

絶対に興味なんかないはずなのに……母は千秋と千歳も誘って行くと即答した。



「……りう子さん、すごい。母も……兄も、別人みたいに穏やかで優しくなった気がするわ……。」
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