何度でもあなたをつかまえる
曲が終わると、一条はわざわざかほりを客に紹介した。

予定外の扱いに、かほりは恐縮した……けれど……

終始雅人に熱い視線を向けていた年嵩の女性が、媚びた笑顔で雅人に手を振るのを見てしまった。

赤い口紅が毒々しさが目に痛い。

……めらめらと、かほりの闘争心が煽られた。


かほりは、敢えて雅人に向かって手を差し出した。

雅人は、長年当たり前にしてきたように、かほりの手を下から取った。


「ありがとう。」

かほりは、ニッコリとほほえんで、優雅にエスコートされたまま、ステージの前方へと進み出た。

東出夫人と家族のテーブルに笑顔を向けてお辞儀した後……件の石井という女性をねめつけた。

見下すように、上から冷たく視線で射る。


アンコールの曲から、突然雅人の態度が変わったことに気づいていた石井ママは、かほりが自分に向ける侮蔑の視線に、事情を察知した。

そして、雅人が……全く自分を見ていないことにも、気づいてしまった。

自分とは別世界に生きる、いかにも優等生的なお嬢さま……。

敵わない……。

石井ママは、精一杯の虚勢を張って、かほりの失礼な視線には気づかないふりを通して、ステージの雅人を見つめ
続けた。


……しかし、最後まで、雅人の視線は……かほりの一挙一動に注がれていた。

かほりは、石井ママに対する優越感と敵意を、雅人と交わす笑顔で隠し通した。




その夜、かほりは雅人の手を放さなかった。

ステージの幕が下りても、器材を片付けたあとの打ち上げでも、……楽屋口から出る時も。

出待ちのファンの向こうに、石井ママの姿が見えると、口元に笑みをたずさえたまま、視線だけは冷たくガン見し続けた。

石井ママの白い顔が土気色に変色し、悔しさに唇が震えていた……。


心の中でごめんなさいを唱えながらも、かほりは雅人とタクシーに乗り込んだ。


リアシートに体を預けると、雅人は呻くように謝罪した。

「……かほり……俺……ごめん。……お母さんを怒らせちゃって……」

「いいから。わかってる。もう、気にしないで。……兄とりう子さんがね、何だかいい雰囲気なの。それで、お母さま、寛容になってらっしゃるみたい。……だから、……ねえ?お願い。……離れないで。」
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