何度でもあなたをつかまえる
「……うん。それも、りう子さんから説明来てる。……ほら、ココ。……雅人のスマホは解約したそうよ。新しいスマホは事務所で準備してくれたって。」

かほりはそう言って、雅人にスマホの画面をスクロールして読ませた。

「……ホントだ。えーと……」

雅人は、頭を掻いている。

……世話になっている石井ママに買ってもらい、払ってもらっていることは想像にたやすい。

かほりは何も言わずに、りう子からのメールを順番に開き、雅人に読ませた。



りう子は、雅人とかほりが濃密な行為に耽っている間に、……目覚ましい働きをしていた。

ライブ翌朝、東出夫人に呼び出されて、大きな仕事を打診されると同時に、メンバーの身辺整理を命じられた。

今のところ、一条と茂木には、倫理的には責められることがあっても、法律的には何の問題もない。

だが雅人が、婚姻関係を結んだ大連出身の中国人女性ではなく、その雇い主と同棲している状況は、調査され取り沙汰された。

「既にあの店は、不法滞在者の雇用で何度も警察沙汰になっています。手遅れになる前に、速やかに手を切ったほうがよろしいでしょう。……数日中に捜査に入るそうです。」



東出夫人の忠告を受け、りう子はその足で会社の顧問弁護士と相談し、開店前の石井ママを弁護士同伴で訪ねた。

前夜のライブの途中……かほりの登場を機に、雅人が自分の手から飛び立ったことを痛感していた石井ママは、特に抵抗することもなく雅人の持って来たリコーダーとオーボエをりう子に託した。

りう子は、石井ママの大人な対応に、幾許かの迷惑料と、東出夫人から得た情報の提供で謝意を伝えた。

石井ママもまた、りう子の誠意を好意的に受け止めて……その場で、雅人の婚姻相手に離婚届に記入させた。



そして翌日には必要な書類を集めて、離婚届を関係各所に提出。

雅人は、自分のあずかり知らぬうちに代理人によって再婚し、離婚したことになったようだ。

「バツ2になっちゃった。」

そうつぶやいた雅人に、かほりは苦笑するしかなかった。



昼過ぎにホテルをチェックアウトすると、かほりは雅人を連れて橘家に寄った。

雅人は玄関先で橘夫人に謝罪だけして、辞去するつもりだったようだが、

「奥さまは、茶室でお待ちです。」

と、お手伝いの亜子さんに言われて、緊張した面持ちで半年ぶりに橘家に足を踏み入れた。


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