何度でもあなたをつかまえる
橘夫人は、2日間音信不通にしていたかほりに形ばかりの叱責をしたけれど、もはや怒ってなかった。

雅人に対しても、愛想良くはないものの、普通に話した。

「お父さまとも相談したのですが、かほりさん、日本に戻ってらっしゃい。……あと半年なんて言ってると、また、取り返しのつかない事態になりますわ。」

平然と雅人をディスったあと、橘夫人は言った。

「いっそ今日、入籍されてはいかが?」


雅人は畳に手をついて、頭を下げた。

「ありがとうございます。……その節は、すみませんでした。……もう……あやまちは、おかしません。」


ほほ……と、橘夫人は笑った。

何を言っても、信じられるわけがない。

どうせ、そのうち、また、何らかの問題を起こすのだろう。

それならいっそ、さっさと結婚させてしまったほうがいい。

子供さえ授かれば……その子が男だろうが女だろうが、この際もうどっちでもいい。

極端な話、雅人は居ても居なくてもいい。

問題が生じれば、雅人だけ、放り出す。

かほりと子供は橘家で一生、面倒をみる。
……それが、橘家とりう子で考えた青写真だ。

雅人を受け入れるのは、かほりの気が済むまでの期間限定。

橘夫人は、それで気持ちの折り合いをつけた。


「……契約ではあと半年ありますが……たぶん、早めに帰国できると思います。」

かほりは、母にそう言ってから、雅人に微笑みかけた。

「男性は便利ね。離婚してすぐにまた結婚することもできるものね。」


雅人は、生唾を飲み込んだ。

かほりは、今までのような抽象的な言葉や、未来の約束を欲しがっているわけではない。

ハッキリと形にしたがっている……。

雅人は、覚悟を決めて、プロポーズしなければいけない。

別に、迷いはない。

むしろ、こんな俺でいいのか……と、多少卑屈な感謝を抱いている。

ただ、物事を自分で決めてきた経験のあまりない雅人は、無駄に緊張してきた。


ええい!

気の利いたことは言えない。

橘家のお嬢さまにふさわしい結納やダイヤを買ってやることもできない。

許せよ。

開き直って、雅人は言った。

「契約は守ったほうがいいよ。半年ちゃんと待ってるからさ。……とりあえず、先に入籍しよう?式と披露宴は後からでいいじゃん。……かほりとずっと一緒にいたい。……いや、一緒に生きていきたい。」
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