何度でもあなたをつかまえる
雅人にしてはがんばったわね……。

かほりは、迷わずうなずいた。

まっすぐに雅人を見つめる瞳が喜びでキラキラと輝いた。


こうして2人は、母親同席のもと、プロポーズと婚約を済ませた。

さらに、勢いで婚姻届に記入を済ませて、母に託した。

「お父さまにも署名捺印していただいて、提出してください。」


かほりの中に奇妙な確信があった。

……雅人の精子は、私の卵子にたどり着いて、着床した……と。

子供が生まれる前に、ちゃんと夫婦になっておきたい。


問題は、まだまだ不安定なこの時期に、飛行機で長時間飛んでも大丈夫だろうか。

可能なら、安定期に入るまで、日本にいたい。

でも、契約がある……。

とりあえず、ドイツに戻って、残りのレコーディングとコンサートを無事にやり遂げなければいけない。


「提出は、俺が行くよ。」

雅人はそう言ってかほりにほほえみかけた。

「かほりは安心してドイツに飛びなよ。正式に夫婦になったら、すぐ電話するからさ。……したら、かほりも、むこうで張り合いでるだろ?」

「……うん。うれしい。」

じんわりと、心があたたかくなる。


雅人が、私と、まともに結婚する気になっている……。

ようやく私だけのヒトになる……?



かほりは夢見心地のまま、空へと飛び立った。

お腹に両手をそっとあてがって、がんばれがんばれ……と、念を送りながら。







一週間たっても、雅人からの電話はなかった。

さすがに、かほりも不安になってきた。

何か、また、問題が生じたのだろうか。


しびれを切らしたかほりは、父にメールで問い合わせてみた。

<雅人から連絡がないのですが、婚姻届の行方をご存知ですか?>

すぐに父の千秋が電話をくれた。

「お父さま。……雅人は……。」

『うーん。うん。うん。……まあ、その……なんだ、なかなか忙しいらしくてね。気持ちは変わってないから、安心して待ってたまへ。』

要領を得ない父の言葉に、かほりは納得できなかった。

「ハッキリ仰ってください。……雅人は……また、出て行ってしまったのでしょうか?」

『いや……。単に、紛失したそうだ。今、探しているから、そのうち出てくると思うが。』

紛失?

……本当に?
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