何度でもあなたをつかまえる
納得いかない様子のかほりに、千秋はため息交じりに言葉を継いだ。

『呆れてしまう気持ちはわかるがね……とにかく紛失したそうだよ。いっそ、半年後のかほりの帰国を待って書き直すか……それでも急ぎたいなら郵送してかほりに書き直してもらってもいいと思うが……』

父はそのまま黙ってしまった。


かほりもまた、ため息をついた。

「……わかりました。また、ご連絡いたしますわ。」


雅人らしいと言えば雅人らしい。

本当に……どこまであてにできない男なのだろう……。

仕方ない。

そういう男だということはとっくに利解している。

……それでも、雅人のことが好きで好きでしょうがないのだ。


それにしても……あいかわらず音信不通なのね……。

毎日とは言わないけど、少しは連絡してくればいいのに。


……淋しくないと言えば嘘になる。

でも、さすがにもうかほりも慣れたものだ。

おかげで、かほり自身も雑念に囚われず音楽に邁進出来ているのかもしれない。

淋しがる暇があれば、チェンバロを弾こう。

そして、お腹の中に雅人の子供が宿ることを祈ろう。


かほりは、折からの寒波で体調を崩さないように細心の注意を払ってレコーディングに臨んだ。





「……出た……。」

かほりが検査薬によって妊娠を確認できたのは、ちょうど2週間後。

ドイツには便利なことに、生理予定日前でも判定できる妊娠検査薬があることをアンナに教わったかほりは、早速試してみた。

結果は見事に陽性。

「……おめでとう。」

複雑な想いを封印して、武井空もかほりを祝福してくれた。

「できちゃった結婚に持ち込むわけだな。お嬢さまが、嘆かわしい……。だが、あのくらげ男を捕まえるには妥当だな。」

東出は、そんな風に言ってから、にやりと笑った。

「うちの奥さんに感謝するんだな。……犯罪者になるのを未然に防げて良かった。」


かほりは素直にうなずいた。

「本当に。奥さまにはいくら感謝しても足りませんわ。それに、東出さんにも。東出さんがハワイの一件を教えてくださらなければ、私は何も知らないまま……」

雅人は警察の御厄介になり、IDEAは売れる前に終わってしまっただろう。

考えると、ぞっとする。


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