何度でもあなたをつかまえる
「ところで、これからどうするんだ?まだ契約期間が残ってるだろう?……違約金を払って、リタイアするのか?」

「……契約書を読み返してみたのですが……期間中に妊娠した場合についての記載がないんです。想定外の事態のようです。……可能なら、続けたいのですが。」

かほりがそう言うと、横から空が口を出した。

「大丈夫や。ドイツでは妊婦の免職は法律でできひんから。Allgemeines Beschaeftigungsverbotって言って、」

「法律の問題じゃないだろう。かほりさんの身体を心配しているんだ。」

空の言葉を遮って、東出がキッパリとそう言った。


かほりは、東出の言葉を意外な気もしたけれど……すぐに納得した。

東出にも子供がいる。

不安や心配を経験してアドバイスしてくれているのだろう。


「ありがとうございます。……私も……お腹の子を最優先で考えたいと思います。でも、ステージに穴をあけるわけにもいきませんので……クルーゲ先生に相談してみます。」

かほりがそう答えると、東出は大きくうなずいた。

「そうだな。たぶん有望な学生をアンダーを付けてくれるだろう。……気にするな。その学生にとっても勉強になる機会を与えたと思えばいい。」


周囲への影響が少なからずあることに思い当たり、ため息をついたかほりを、東出は慰めてくれた。





かほりが席を立った隙に、東出は空をたきつけた。

「……かほりさんが無事に出産できるように、気をつけてやれ。……お前がかほりさんに惚れてるなら……腹の子を自分の子だと思って世話を焼いてやるといい。……どうせ、あのくらげ男とは添い遂げられまい。」

すっかり失恋気分だった空は、呆気にとられて東出を見た。

「え……。そ、壮大な計画ですねえ、それは。」

「そうか?……そう、遠くないと思うが。お前、気づかないのか?かほりさんの変化に。……ドイツに戻ってから、明らかに変わったと思うが。」


東出の言ってる意味がよくわからない。

空は首を傾げて、東出の説明を待った。


「……まあ、子供にはわからんか。……かほりさんは、あのくらげ男のことより、腹の子を大事に想い始めたってことだ。……それ自体は、母親なら当たり前の感情だろうが……あのくらげが、それに気づいたら、どうなると思う?」
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