何度でもあなたをつかまえる
ハッとした。

確かに、かほりは、今幸せそうだ。

恋しい男の子供を妊娠した悦びに溢れている。


……あんなにうれしそうなかほりを見るんは……あいつがドイツに来た時以来かもしれへん……。

そうか……。

子供ができても、結婚しても……あいつが浮気をスッパリやめるとは思えへんわ。

それに、かほりがあいつの浮気を容認し続けるとは限らへんのか……。


……いや……。

その時、俺が支えてやることができたら……かおりは俺に頼ってくれるようになるんかな。



「……わかりました。未来の布石や思て、そのつもりで今まで以上に世話焼きますわ。」

空の決意を目の当たりにして、東出は小さくうなずいた。


……それでいい。


東出は、雅人ほどではないが、空の音楽的な才能も理解していた。

コンクールで優勝するようなソリストにはなれなくても、オケを束ねるコンマスにはなれる程度に、腕も熱意もある。

人柄も悪くない。


俺が一緒に仕事をするなら、ワガママで危なっかしい天才よりも、信頼できる努力家がいい。


「まあ、そのためには……お前も便利遣いばかりされてないで、どこかに所属すればどうだ?」

空は肩をすくめて見せた。

「……そんなことしたら……かほりのそばにいられへんじゃないですか。」


本当は、空にも、いくつかの誘いはある。

だが、いずれも、ケルンを長期で離れる仕事が当たり前のように発生する。

これまでだって、かほりの生活を快適なものにしてやりたくて断わってきたのに……妊婦になったかほりを放置することはできない。


東出は、野心家の空がいつまでも単発の仕事しか引き受けない理由をようやく理解した。

「お前……けなげな奴だな……。」

褒められて嫌な気はしないが……

「や。それ、今さらですわ。……それより、先のことを考えましょうか。半年後、かほりは日本に帰るでしょう?……どうせ所属するなら日本のバロックオケにするつもりです。金はこっちのほうがいいから、こっちにも伝手(つて)作るけど。」

そう言ってから、空は東出にとんでもないおねだりをした。

「東出さん、東京にバロックオケ作らはりません?アマチュアやなくて、ちゃんとペイできるプロ集団の。東出さんが振ったら、客、入る思うんですけど。」
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