何度でもあなたをつかまえる
「急いでるのかな?」

不思議そうな雅人に、空は苦笑い。


……お前のせいやっちゅうねん。


心の中でツッコミながらも、空は愛想笑いを浮かべた。

「いらっしゃい。……来るんやったら前もって来るって教えてくれたらよかったのに。……ちょっと、かほり、今、体調悪いから……」


……激しいセックスは控えてくれ……なんて、口が裂けても言えないし、言いたくもないわ。

空の愛想笑いが途中で引きつったのを見て、雅人はニコッと笑った。

「そっか。相変わらず、かほりの『おかん』してくれてんだね。ありがと。そらくん。」

「……お前に言われたくねーよ。」

心の声が漏れ出てしまった。

……しまった。


よほど自信があるのか、空のことなんか全く気にならないのか、雅人は気にする様子もなくニコニコしていた。

改めて、東出が雅人を「くらげ男」と呼ぶ意味がよくわかる気がした。


「まあ、どうぞ。……荷物は?」

「ないよ。すぐ帰るから。」

……まるで、近くから遊びに来たようなことを言う雅人を、空はやっぱり理解できそうになかった。

「すぐって……どこか、ホテル取ってるんけ?まさか、ほんまにすぐ日本に帰るって言うんじゃないやんなあ?」

気を取り直してそう尋ねたみたけれど、雅人はケロッととんでもないことを言った。

「帰るよ。滞在時間1時間の予定。……今、忙しくってさ、明日も東京でライブだから。」


1時間?

たった1時間のために、日本とドイツを往復するのか?

こいつ……マジで……阿呆や……。


「あ。そらくん。俺のこと、馬鹿じゃないの?って思ってるでしょ?」

雅人はからかうように聞いた。

もはや笑いながら、空は答えた。

「いや。阿呆や、って思った。……自分、ほんまもんの阿呆やろ。」


雅人も屈託なく笑った。

「そっか。阿呆、か。……まあ、いいや。そういうわけでさ、時間ないんだ。かほり、寝てるの?」

「……どうやろ?自分の部屋にいると思うわ。……お茶とか、いらんよな?」


すぐ帰るのなら2人の時間を邪魔しないほうがいいだろうか……。

気を遣ってそう確認した空に、雅人は首を傾げた。

「なんで?入れて。のどカラカラ。やっぱりこっちは乾燥してるよね。あ、ビールでもいいよ。かほりの部屋に持ってきて。」

飄々とそう言って、雅人は階段を上がって行った。
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