何度でもあなたをつかまえる
「……再婚だしね……『あちらは』!……身内だけで結納と挙式を済ませてから、個別にご報告とご挨拶に回らせていただくことになると思うわ。」

りう子は、自分は再婚ではないふりを通した。

そして、茂木と一条に向かって言った。

「もちろん、尾崎の結婚は公表しないから、そのつもりで。……だからって、尾崎、今度こそ離婚しないでよ。いや、その前に、かほりちゃんを泣かせないでよ。」

友達として、そして義理の姉として、りう子は本気で雅人にお願いした。


雅人は神妙にうなずいて……それから、閃いたように言った。

「もう二度と浮気しない……ってことで、『Song for you, just only you』。くどい?」


一条は、うーんと唸った。

「いいけど、定冠詞がいるんじゃない?『The』とか『My』とか『A』とか。それとも『I'll』『This is a』 とか主語つけて文にする?」


「『My』って言うより『Our』なんだけどね……。」

雅人がそう言うと、茂木が思い出したように言った。


「さっきのでいいじゃん。『The last song for you, just only you』。」

「いや、それじゃ、意味変わっちゃうじゃん!そもそも、これから先も、俺達は歌い続けるんだからさ!」

「めんどくせーな。『Your song』でいいじゃん。シンプルに。」

「『only you』って言いたいんだもん。」

茂木と雅人のやり取りを聞いてるのか聞いてないのか……一条はしばし沈思して顔を上げた。


「いっそ、取っちゃおっか。『For you, just only you』。これなら、くどいけど、すっきりしない?……くどいけど。」



雅人は何度も口の中で呟いてから、うなずいた。

「いいね。それでいこう。」


次の給料が入ったら、マリッジリングを買いに行くつもりだ。

裏側に、この言葉を刻んでもらおう。

かほりと、かほりのお腹の中の赤ちゃんのために……。







2週間後の大安の日。

橘千秋は懇意の旧華族の当主を仲人に、京都のりう子の実家へ結納品を届けてもらった。

そして春。

桜満開の神社で挙式の後、霞会館で親類だけの食事会を催した。

それからは週末ごとに、千歳とりう子は正装で挨拶をして回った。
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