何度でもあなたをつかまえる
「尾崎はいいわね。……何もしなくてよくて。」

ついそんな愚痴をこぼしたくなるほど、りう子は旧家の長男の嫁の煩雑さに参っていた。


正直、なめていた。

姑となった、千歳やかほりの母は、毎日着飾って遊び回ってた……というわけではなかったようだ。

毎日のようにどこかで開催されているお食事会、お茶会、観劇会、コンサート……仕事をしてるりう子にはとても真似できない。


「よろしいのよ。りう子さんは。それより、土日は別荘で千歳さんとゆっくりなさってらしてはいかが?」

言外に子作りを促されても、りう子は普通の会社勤めというわけではない。

なるべく夫の千歳と休みを合わせたいと願ってはいても、今の事務所の体制では思うようにはいかない。




『……嫁失格かも……。』

弱音と泣き言を、義妹となったかほりにこぼすことが増えつつある。

遠くドイツの地で、少しずつ大きくなるお腹を愛しく撫でながら、かほりはりう子を慰めた。

「そんなことないと思いますわ。お母さま、りう子さんのこと、ほめてらしてよ。……お兄さまが飲んで帰られても、寝ないで待っててくださる、って。」

……離婚した領子(えりこ)お義姉さまは……妊娠中に、お兄さまに「待たなくていい」と言われて以後、先に眠るようになったと聞いている。

実際、自分が妊婦になってみると……うん、いつ帰るかわからない酔っ払いを待って起きてるとか、無理だわ。

やはりそのかたの状況になってみないと、わからないものなのね……。

改めて、かほりは、もはや縁の切れてしまった領子と百合子を思い出して……淋しくなった。

落ち着いたら、訪ねてみたいけれど……ご迷惑かしら……。

かわいい姪の涙を思い出すと、かほりはなかなか未練を断ち切ることができなかった。


『まあ、私も飲んでるけどね。……あんまり褒められたもんじゃないよね。はは。』

照れくさそうにりう子は笑った。

「りう子お姉さまの、ねっとりしてない、さばさばした優しさが、お兄さまには心地いいのだと思います。……これからも、わがままな兄ですが、よろしくお願いいたしますね。」


かほりにまで誉められて、りう子は気恥ずかしくなってしまった。

『や……。確かに、千歳さんのほうが細やかな気遣いできるヒトだわ。……恥ずかしいけど、私のほうが……迷惑かけてる……。』

「あら。そうですの?」

……あのお兄さまが……変われば変わるものねえ……。
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