何度でもあなたをつかまえる
「……わかりました。覚えておきます。……何年先でもけっこうですので、お声掛けくださいね。」

かほりは無意識に東出と空にハッパを掛けた。






ケルナー・リヒターと呼ばれる真夏の花火大会の翌日、かほりはドイツでの生活にピリオドを打った。

6月末にアンナもまたオランダへ帰国してしまった。

橘家が家賃の3分の2を出していた家は、そのまま東出が借り受けることになった。

空は、気がつけば、東出のアシスタント的な役割を果たしている。

……いずれ日本での再会を約束して、かほりは2人に先んじて帰国した。




空港には、両親とりう子が迎えに来てくれた。

「雅人は?お仕事?」

そう尋ねながら、違和感を覚えた。

雅人が仕事なら、りう子さんも付き従っているはずじゃないかしら。

……まさか……また……雅人……。


「うん。仕事。ラジオ。……最新シングルがCMに使われて、売れてるの。……少し余裕ができたから、事務所の職員を増やしたの。おかげで私はかなり楽させてもらえてるわ。」

以前より柔らかい雰囲気を醸し出してりう子がそう言った。


……りう子お姉さま……幸せそう……。

そう指摘する前に、かほりは父の千秋から同じような事を言われた。

「……充実した日々を送ったようだな。その顔を見て、安心したよ。……今日は家でゆっくり過ごして、明日、病院へ行きなさい。……りう子さんも。」

りう子がビクッと肩をすくめた。

おそるおそる振り返って舅の千秋を見る、その目も頬も、赤い……。

「……あの……私……何も、まだ……」

しどろもどろのりう子に、母がほほ笑んで首を傾げた。

「あら?違ったのかしら?……どう見ても、りう子さん……おめでただと思いますよ?一度、ちゃんと診てもらってらっしゃいな。」

「りう子さん!?おめでた!?」

驚いてかほりは大きな声を挙げた。


りう子は真っ赤になって、ぶるぶると首を横に振った。

「まだ!わかんないってば!……まだ、生理予定日も来てないのに……期待なさりすぎです……。」

「あら。私も同じ頃にわかったわよ。ドイツには日本よりだいぶ早い時期にわかる妊娠判定薬があったの。りう子お姉さまにも取り寄せましょうか。」

かほりの言葉に、りう子は涙目になってしまった。
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