何度でもあなたをつかまえる
秋。

かほりは、無事に出産した。

雅人によく似た色白の美しい女の子だった。

名前は、2人で考えて「一音」と書いて「ゐね」と決めた。

かほりは普通に「いね」でいいと思ったのだが、雅人が「ゐ」にこだわった。

「だって、ローマ字表記した時『Wine』になるんだよ。かっこいいじゃん。」

……かっこいい?

よくわからない価値観ではあったけれど、雅人が子供を溺愛してくれるのは大歓迎だ。


実際、雅人はゐねが可愛くて可愛くてしょうがないらしく、毎日飛んで帰宅した。

お風呂に入れることも、おしめを替えることも、雅人は進んでやりたがった。


IDEAはどんどん忙しくなってきているのに……変われば変わるものだ。




雅人のマイホームパパっぷりを呆れていた兄の千歳も……翌年3月、りう子の出産を機に変わった。

りう子は、橘家待望の男の子を出産した。

名前は、かねてから千秋と千歳によって千尋(ちひろ)と決められていた。

……名前だけじゃない。

千尋は、既に習い事も、学校も、入社する会社も、全てを決められている。

橘家の長男として生まれたからには当たり前のことなのだろうけれど……普通に家に生まれ育ったりう子には違和感を覚えた。





ゐねと千尋は、同い年のいとこ同士として橘家で共に暮らしていた。

かほりとりう子は、仕事の時間を融通し合い、分け隔てなく2人の子供達を育てた。

まるで双子のように、2人はずっと一緒にいた。


……物心つく頃には、明らかに、母親よりも、いとこに執着を見せた。

なかなか「ひ」の発音ができなかったせいか、ゐねは千尋を「ちーろ」、さらには「ちろ」と呼ぶようになった。

そして千尋もまた、ゐねを「いにぇ」としか呼べなかったが……こちらは、千歳に注意され矯正され、「いっちゃん」と呼ぶようになった。

2人はまるで小さな恋人同士のように仲睦まじかった。


ただ1人、雅人だけ、ゐねが従妹の千尋と四六時中一緒にいることに不満を募らせていた。

ようやくコンスタントにヒットを飛ばせるようになったIDEAのために、雅人は既婚者であることも、子供の存在も内緒にし続けなければいけなかった。

雅人は、ゐねと外出することができないので、遊びにつれていってやることもできない。


愛が深い故に、雅人の中に疎外感が生じていくことに、かほりはなかなか気づけなかった。

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