何度でもあなたをつかまえる
かほりの言う「仲良く」は夜の営みをさすらしい。

確かに、頻度と内容は充分に「仲良し」と言えるレベルかもしれない。

でも、セックスなんか、好きでもない女とでも、いくらでもできる。

まして、雅人は……身勝手なようだが、かほりを心から愛している。

どれだけ遊び歩いても、本当に欲しいのはかほりだけ……。

「……足りないんだよ。」

雅人は、声になるかならないかの、かすかな声でそう呟いた。



……足りない……。

かろうじて聞き取ったかほりは、思わず目を閉じた。

私だけじゃ……足りない……。

わかってるつもりだったけれど……堪えるわ……。

でも……私はこういう時、どう返事をすればいいのだろう。

雅人が他の女性と遊ぶのを、結婚してからは、見て見ぬふりしてきた。

残り香に吐き気を催しても、衣服や肌に唇の跡を見つけても……我慢してきた。

それでも足りないんだろうか。

私は、伊勢物語の筒井筒の女のように、高安の女のところへ向かう夫を、快く送り出してあげないといけないのだろうか。

……さすがに……無理だ……。

閉じたまぶたが揺れ、鼻がつーんとしてきた。

涙が睫毛を押し上げて溢れ出る。

そして、言葉……。

かほりの口から出た言葉は、ただ一言……。

「ごめんなさい……。」

とても、雅人を他の誰かと共有しているなんて認めたくない。

苦しい……。



謝罪の言葉だけをつぶやいて、押し黙ってしまったかほりに、……雅人もまた言いようのない絶望感に襲われた。

足元から地面が崩れてしまったようだ。

かほりが……俺を拒絶した……。

雅人は、かほりに、もっと自分を愛してほしい、かまってほしい……と、そう訴えたつもりだった。

言葉が足りなかったのか……あるいは、心が別々の方向を向いていて、理解し合えなかったのか……2人の言葉と想いは完全にすれ違ってしまった。


かほりも、雅人も、顔を背けて、お互いを見ることすらできない。

これは、喧嘩なのか?

それとも、終わりなのか?

結末がわからない。

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