何度でもあなたをつかまえる
途方に暮れて立ち尽くしていると、しくしくと小さなすすり泣きが聞こえてきた。

「ゐねか?」

「ゐねだわ。」

2人は慌てて泣き声のするほうへと駆け寄った。

廊下の柱の陰で、まだ小さな愛娘が泣きべそをかいていた。


「ゐね。どうした?怖い夢でも見たのかい?」

雅人が猫なで声で近づく。


でも、ゐねはキッと雅人を睨んだ。


怯む雅人に、ゐねは涙をポロポロこぼしながら訴えた。

「ママを泣かさないで!パパなんか嫌い!フケツ!サイテー!」


……たぶん意味なんかわかってないだろうに……誰の言葉を覚えたのか……ゐねは雅人にそう叫んで、パタパタと走って行ってしまった。


「ゐね……」

雅人は言葉も色も失って、呆然と立ち尽くした。


ゐねが居た柱の後ろから、従弟の千尋(ちひろ)が出てきた。

「千尋くん……。ゐねは……いったい……何を怒ってるんだろう……。何か……誤解があるようだけど……。」


かなり動揺してるのだろう。

雅人は、目を泳がせたままそう言った。


ぶるぶると首を大きく横に振って、千尋がしっかりと言った。

「誤解じゃないもん。いっちゃん、いっつも泣いてるもん。……おばちゃまがこっそり泣いてるの、知ってるもん。おばあちゃまも亜子さんも、みんな知ってるもん。」


思わず、かほりは両手で自分の口元を覆った。

その分、目が大きく開くのを、振り返った雅人は……こんな時なのに、ただ愛しく見た。

……泣いてたのか。

俺に、関心がなくなったというわけじゃないんだな。

心の奥でホッとすると同時に、自分がいかにかほりと、小さなゐねを傷つけてきたかを、雅人は知った。


「……ごめん。」

雅人は、かほりではなく、千尋に向かって謝った。


千尋は泣きそうな顔になった。

驚く雅人に、千尋は顔を真っ赤にして言った。

「おじちゃま、嘘ばっかり!」


雅人は、首を傾げた。

……雅人には、嘘をついてるつもりはない。

結果的に、約束を破ってしまうことは数え切れないほどあるけれど……その言葉を発している時は、いつも本気なのだ。


かほりにはよくわかっている。

でも、子供たちには……通用するわけがない。

いつの間にか、子供たちは、雅人のことを「嘘つき」で、かほりを泣かせる、ひどい男と思い込んでいるようだ。
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