何度でもあなたをつかまえる
scherzando
scherzando~諧謔的に
(スケルツァンド)

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不意に領子(えりこ)は立ち止まった。

さざ波のようなパーティー会場で、聞き覚えのある声を耳にした気がした。

振り返ると、よくよく見知った似非紳士がニヤリと笑った。

……このパーティーの主催者で、文化振興団体の代表で、西日本有数のグループ会社を一代で起こしたワンマン社長で、そして……領子の初恋の男で……お腹を痛めて産んだ娘の遺伝子上の父親でもある、竹原要人(かなと)だ。


領子は無表情をキープして、すすっと数歩横にずれると、彼の背後で談笑している女性の姿を見ようとした。

要人は、普段クールな領子が何に興味を抱いたのか……何を見たがっているのか……全てわかった上で、まるで幼稚園児の嫌がらせのように、見せまいと身体をずらした。

領子の頬が蒸気し、ぷくっと一瞬膨らんだ。


……怒ってる怒ってる。

込み上げてくる笑いを口の中でおさめて、要人は領子にこっそりウィンクを送り、自分の身体で隠れていた女性との会話を続行した。

「いや、本当に。……音楽の良し悪しがわからない私ですら、橘さんの繊細な演奏に心が震えました。……CDでも素晴らしいと思いましたが……」


……橘……やっぱり……かほりさんなの?

領子の顔から表情が消えた。

しかし、その瞳がらんらんと輝くのを、要人は満足げに眺めた。


……久しぶりに、領子の虚を突くことに成功したようだ。

まったく……喰えないお嬢さまだ……。

幼なじみでも、恋人になっても、……子を成しても……要人にとって、領子は主家のお嬢さまで、決して思い通りにはなってくれない存在だ。

領子の関わるボランティアや文化事業の全てに介入し、歓心を買おうと腐心しても、思わしい効果を得られることはほとんどない。

かくなる上は……と、禁じ手を使ってみた。

自分との不貞で婚家を追われた領子が、今さら逢うこともできない、別れた夫の妹の招聘。


「CDまで聞いてくださったのですか。ありがとうございます。……日本では手に入りにくいそうですのに……。」

恐縮しつつもうれしそうなかほりの声に、領子の頬が緩んだ。
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