何度でもあなたをつかまえる
「ゐねは……独りぼっちじゃなくて良かったです。従弟の千尋(ちひろ)くんがいつも一緒に居てくれるから……。」

「ちひろくん……。」

領子は遠くを眺めるような目をした。

「はい。再婚した兄の息子です。」

かほりは多くを語らず、端的に言った。


……兄の千歳にとって幼少期からの婚約者だった領子は、何の面白味もないつまらない女でしかなかった。

そして、領子には、ずっと婚約者以外に好きな男がいた……。

もし、2人が妙齢の時に出逢っていたら……お互いと真摯に向き合うことができていたなら……。

あり得なかった可能性を考えて、かほりはため息をついた。

意味のない仮定だ。

今、兄にはりう子がいる。

そして、領子にも夫が……、ん?……その……好きだった男性というのは……どうしたのかしら?

「あの……お義姉さま?差し支えがなければ……あの……その……百合子ちゃんの……本当のお父さまとは、どうして……あの……」

聞きにくいらしく、かほりはモジモジとしている。


領子は苦笑すると、ルームサービスのメニュー表を広げて、かほりに見せた。

「既婚者なの。……何でも、好きなものを仰って。お腹はすいてらっしゃる?お寿司と……お酒もいただこうかしら。……私と百合子のために、奥さまと2人の子供を捨てさせるわけにもいかないでしょう?」

まるで、ルームサービスを選ぶことと同じ口調で、領子はすごいことを言った。


……既婚者……。

まあ、領子の歳を考えれば、お相手もとっくに結婚していてもおかしくない。

でも……。

かほりの頭の中にぐるぐると色んな妄想が回る。

目の前の、如何にも楚々とした臈長けた美女にいったいどんな男性遍歴があるというのか。

……ダメだわ。

お酒でも飲もう。


「私も。お寿司と熱燗をいただけますか?……あ、芋焼酎のお湯割がある……。こっちにします。」


領子は、清純そのものだった義妹のかほりが芋焼酎を飲みたがっていることに驚きを感じた。


……そうね。

留学して、結婚して、出産して、離婚まで経験しちゃったんですものね。

大人にならざるを得ない……わよね……。

「では、私も。……芋、ね?」

領子は、スマホを取り出して、どこかに電話した。
< 175 / 234 >

この作品をシェア

pagetop