何度でもあなたをつかまえる
「ほほ……ごめんなさい。……かほりさまが、あまりにもかわいらしくて。……でもね、よくわかりますわ。私も……好きと結婚はイコールではありませんでしたもの。仕方ありませんわ。」

領子の言葉に、かほりは亀のように首だけ上げた。

ルームサービスのお寿司が届く前に、すっかり出来上がってしまったかほりに、領子は目を細めた。

「どうして、お義姉さまは、他にお好きなかたがいらしたのに、兄と結婚なさったの?」

子供のように、かほりは尋ねた。

「決められていたことですもの。ずっと前から。……親の遺言を守らないわけには、いきませんでしたわ。」

今さら、かほりに当たり障りなく答えるつもりはなかった。

領子は事実を端的に述べた。

かほりは、さらに突っ込んだ。

「結婚後も、そのかたとの、おつきあいは続いてらっしゃいましたの?」

呼び出しチャイムが鳴った。

領子がドアを開けると、ホテルマンだけではなく、よく見知った要人(かなと)の秘書がワゴンの横に立っていた。

「……ここでよろしいですわ。ありがとう。」

領子は、そう言って、ワゴンだけ受け取り、追い返した。

……かほりほどではないが、領子も既に酔っていることは一目瞭然だ。

秘書は要人に、そのまま伝えるだろう。

忙しい要人のこと、他の仕事を急遽差し挟むかもしれない。

そんなつもりはないのだけれど……領子はいつも要人を振り回してしまうらしい。

単に要人が気を回し過ぎ、先に手を打ち過ぎて……領子の思惑と微妙にずれるだけなのだろうが……プレッシャーを感じる。

領子は、要人の皮肉いっぱいの薄ら笑いを想像して、ため息をついた。


「かほりさま。お寿司が届きましたわ。……おつまみと、デザートも……。」

注文外のそれらも、全て領子好みの逸品だった。

お寿司のネタも特注されているようだ。

ぶどう海老や、穴子の塩焼きは、普通の盛り合わせには入らないだろう。

すべて、領子の嗜好を知り尽くしている要人の計らいだ。

たいして空腹を感じていないはずの領子は、いそいそと大きな寿司桶をテーブルに置いた。

半分寝落ちしかけていたかほりが、慌てて顔を上げた。

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