何度でもあなたをつかまえる
「うわぁ。美味しそう!……これ、なぁに?」

「ぶどう海老ね。召し上がってみて。」

かほりは、早速、濃い赤の尾と透き通った蟹のような艶やかなぶどう海老のお寿司を口に入れた。

「……甘ぁい。歯ごたえも……美味しい。」

まるで子供のようにニコニコとかほりは味わっている。


すっかり酔ってしまったのね。

「これも……冷めないうちに召し上がれ。お醤油はつけないで。そのままでどうぞ。」

カリッと焼いた穴子を指し示すと、かほりは、うれしそうにうなずいた。

「……美味しいっ!……幸せだわ。ねえ、お義姉さま。雅人がいなくても、美味しいものを食べたら、幸せなの。……私……不思議だわ。好きなのに、好きの種類が変わってしまったのかしら。」

ほうっと息をついて、かほりは、また芋焼酎に手を伸ばした。

「お湯で割りましょうか。……そうねえ、私も、美味しいものをいただいた時も……かほりさまの演奏を聴く時も、とても幸せな気持ちになりますわ。……もっと言えば、永遠に愛してやまない男性と一緒にいても、それが幸せではないですわ。むしろ苦しいことのほうが多いかもしれません。」

そう言いながら、領子はかほりの芋焼酎にポットのお湯を注いだ。

華やかな芋の香りがふわりと広がった。

かほりは、うっとりと立ち上る香りを楽しんで……それから、我に返ったようにハッとして、領子を見た。

「そうなんですよ!大好きな人と結婚したのに、苦しかったんです!どうしてなんでしょう?ずっと……私1人のものにしたかったのに……思ったより、幸せじゃなかったわ。」

「ええ。よくわかりますわ。そうでしょうね。……狂おしい程の愛情を四六時中ぶつけ合うなんて……長続きいたしませんものね。……結局、身を焦がすような激しい愛情は、こんな風に美味しいものを口にした時に得られるのと同じ、一時的な快楽にすぎないのかもしれませんね。」

領子はそう言って、大好きな穴子を口に運んだ。

確かに美味しいが、炭火で炙ったばかりの穴子と同じというわけにはいかない。


「冷めても美味しい……そんな愛を大事に温め合える関係が、イイ夫婦なのかもしれませんね。……橘のお義父さまとお義母さまは……最近、仲睦まじいと噂に聞きましたわ。……素敵なことですね。」
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