何度でもあなたをつかまえる
ドキドキしてるかほりに、雅人は鍵を1つ、手渡した。

そして、もう1つの鍵は自分のポケットにしまった。

「え……鍵、分けて持つの?」

どうして?


不思議そうなかほりに、雅人は笑顔で言った。

「かほりが他の男を好きになったら、その鍵ではずしていいよ。」


かほりは、我が耳を疑った。


……何、言った?

私が?


さっきまでの幸せは霧散してしまった。

胸が痛くて、重い……。


茫然と立ち尽くすかほりに、雅人は苦笑した。

「そうならないように、がんばるけどさ。」


……がんばる?

何を?

意味が、わからない。


かほりはぐっと鍵を握りしめると、大きく振りかぶって川に投げ捨てた。


唖然としてる雅人を涙目で睨みつけると、震える声でキッパリと言った。

「雅人しか好きにならない。」


ボロボロと、後から後から涙の粒がこぼれ落ちてく。


雅人の綺麗な眉間に縦皺が刻まれる。


ああ、この顔……大好き……。

抱かれてる時にも……、オーボエを吹く時も、ギターを弾く時も、たまらなく切なそうな表情をするの。

ずっと、見つめていたいの。


私だって……雅人にそんな顔をさせるのも、とろけそうな視線を一身に浴びるのも……独占したい。


でも、雅人が経済的に橘家に負い目を感じていることを重々承知しているから……私の願いは、圧力になってしまうから……。

雅人を独占することはできなくても、せめて私は雅人に独占されていたいの。


私には鍵は必要ない。


かほりは言葉にならない想いを込めて、じっと雅人を見つめた。


しばらくして、雅人が静かにうなずいた。

「……わかった。日本で……いくつか……やり残した仕事がある。それが終わったら……すぐに、こっちに留学するほどの金もコネもないけど、全財産はたいて、こっちに来るよ。」

その場しのぎではない、本気の言葉だった。


それって……ケルンで私と暮らしてくれるってこと!?

かほりは、喜びのあまり、焦って、言ってはいけない言葉を口に出してしまった。

「父にお願いすれば、すぐに手続きしてくださるわ。雅人の才能を買ってらっしゃるから……」

最後まで言うことはできなかった。


雅人の表情がやるせなく歪んだ。


……しまった……。

ずっと、我慢してきたのに……。

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