何度でもあなたをつかまえる
かほりは、領子にうなずいて見せて……スンと鼻をすすった。

「……お父さまとお母さまも……お兄さまとりう子さんも……信頼し合ってらして……毎日、穏やかな幸せを満喫されてて……」

「そうですか。……よかった……。」

領子は目を閉じて、しみじみとつぶやいた。


かつての橘家は、決して温かい場所ではなかった。

舅姑は仮面夫婦のようにそれぞれの世界で生きていたし、夫だって千歳は妻に見向きもせず若い男と遊んでいた。


「私は……雅人が好きなのに……どうして別れてしまったんだか……。」

かほりの話が堂々巡りになってきた。

領子は、適度に相づちを打ちながら、次第にかほりのまぶたが重く落ちるのを見ていた。

「……雅人……。」

最後にそうつぶやいて、かほりは完全に寝入ってしまった。


……かわいそうに。

せっかく最愛の男性と結婚したというのに……ままならないものね。

離婚しても、吹っ切れない。

逢えなくても、忘れられない。

領子は、経験上、かほりの未練が痛いほどよくわかった。

だからと言って、何のアドバイスもできない。

普通なら、別れた男を忘れて、別の男性と付き合うことを勧めるべきなのかもしれない。

領子も、形としてはそういうことになっている。

でも、……はたして、それが本当に幸せなのか……まだ、領子にも結論は出ない。

もしかしたら、どんなに見苦しくても、未練がましくても、もう一度、よりを戻したら……今度こそ上手くいくのかもしれない。

やってみなければわからない。

……でも、無責任に煉獄に突き落とすことになるかもしれない。

結局、部外者には何も言えない……。


領子は、ため息をついて、乱れたかほりの髪をそっとととのえた。

「ねえ。かほりさま。幸せって、なんでしょうね。……恥ずかしながら、私も、まだわかりませんのよ。」

独り言をつぶやいて……領子は、ふっと口をつぐんだ。

気のせいだとは思うが、要人(かなと)に聞かれているような気がして……。


領子は、焼酎を継ぎ足して、一気に煽った。

何も、余計なことが考えられないぐらい酔ってしまいたい。

酔いに任せて、全てお酒のせいにして……昔のように、無我夢中で抱かれたい。



脳裏に、娘や夫の顔を浮かべることなく……竹原との時間に……溺れられたなら……。


「刹那的過ぎるわね……。」

領子の理性が、ついつい、そう自嘲した。
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