何度でもあなたをつかまえる
東京へ向かう最終の新幹線が出るちょうど30分前。

領子は、すっかり熟睡するかほりに声をかけた。

「かほりさま。今夜、帰られますなら、そろそろ起きませんか?……それとも、泊られますか?」

むくりと、かほりが頭を上げた。

「帰ります!……つっ……あたま……痛ぁい……。」

どうやら悪酔いしたらしく、かほりは両手で頭を抱えて、赤い目に涙をにじませた。

「……まあ……。大丈夫ですか?お薬を届けてもらいましょうか。……お帰りになられるなら、お化粧を直されたほうがよろしいかも。」

「え!パンダ目!?大変!……ちょっと、失礼します!」

かほりは、パタパタとバスルームへと向かった。


領子は、たぶん待ちかねてるだろう男に電話をかけた。

「もしもし。……頭痛薬を届けさせていただけますか?それから、新幹線の指定席を最終の列車に変更していただきたいのですが。」

『わかりました。……貴女も、あまり遅くにお帰しするわけにはいきませんね。』

ぐっ……と、領子は返答に詰まった。

確かに、遅すぎる帰宅は避けたい。

でも……。

電話の向こうで、ニヤニヤと笑っているのだろう。

「竹原。11時には帰宅します。そのつもりで。」

領子はそう断言して、要人(かなと)の返事を待たずに電話を切った。

口惜しい口惜しい口惜しい……!

どんなに強がっても、あの男の掌の上で踊らされている。

さんざん待たせた意趣返しのつもりだろう。

ついカッとして、心にもないことを言って、自分の首を絞めてしまったかもしれない。

……今夜は、じらされて、満たされないままに……帰されてしまうのだろうか。

ぶるっと、領子の全身に震えが走った。



かほりがバスルームから戻って来るよりも早く、要人の秘書が再びやって来た。

「ありがとうございます。お手数をおかけいたしました。」

そう言って、返そうとしたが

「橘かほりさまを無事に電車にお乗せするよう仰せつかって参りました。泥酔されていらっしゃるとか。」

と、秘書は不敵な微笑を携えて言った。

領子はこの部屋に残っていろ……ということだろう。

「……そうですか。よろしくお願いします。このまま、廊下で待ってらして。」

素っ気なくそう答えて、領子はドアを閉めた。

あの男にして、この秘書有り……ほんっとに、かんに障ること。
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