何度でもあなたをつかまえる
「もしもし?ごきげんよう。そらくん。」

『おはよう。今日、時間ある?……仕事の話なんやけど。』

時間は……ある。

けど……。

一瞬ためらったけれど、せっかくいただいたお仕事をお断りすることはできない。

「万障繰り合わせて、うかがいますわ。……京都のお土産も渡したかったし。」

ひといきついてからそう返事した。

『OK。じゃあ、こっち来てくれはる?……何時でもいいよ。ランチ準備しとこうか?』

空は今、東出の東京の家に住んでいる。

東出の鎌倉の本宅には両親が健在だ。

妻は議員宿舎を利用しているが、東出の日本での仕事が増えたため、新しく東京に別宅を構えた。

フルオケが入れるレッスン室を備えた別宅は、狛江市の農場跡地に建てられている。

「ランチは……今日はよしておくわ。行きたいところもあるから。……すぐ出ますね。」

かほりはそう断わって、準備していた鞄を一回り大きなバッグに変えて、からのクリアファイルを入れた。



門前のインターホンを鳴らすと、そらが飛び出してきた。

「やあ。いらっしゃい。ちょうどプリンが焼けるわ。どうぞ。」

主のいない屋敷でも、レッスンに来る若い音楽家のために、そらは料理の腕を振るっている。

「ありがとう。これ、日持ちするみたいだけど……東出さんがお帰りにならなければ、みなさんで召し上がってください。」

和三盆のみで作られた上品なお干菓子と飴細工の詰め合わせだ。

季節をかたどった愛らしいお菓子は、東出よりも夫人へ向けて選んだ。

「東出さん、来週帰ってきはるよ。その時に使わせてもらうわ。ありがとう。」

そらが笑顔で受け取った。



邸内にはイイ香りが漂っていた。

まだ熱々のプリンと、濃いめのコーヒーで、そらはかほりをもてなした。

「で……お仕事って?なぁに?」

プリンが食べ頃になるのを待つ間に、かほりは本題を切り出した。

「あ、うん。……昨日さ、京都からオファーがあったんやけどさ……かほり、何か聞いてない?」

「え……京都って……。……竹原さん?」

名前を出すと、義姉だった領子(えりこ)を思い出して、ドキッとした。

< 198 / 234 >

この作品をシェア

pagetop