何度でもあなたをつかまえる
小汚い格好の、お世辞にも育ちのよくなさそうな子なのに、彼の演奏は貴族的で、どれだけ崩して演奏しても品格と無限の可能性を感じさせた。

一曲終わる頃には、かほりは雅人に夢中になっていた。

思わず興奮して、拍手と心からの賛辞を送った。


振り向いた雅人が、最初の印象とは別人のように美少年に見えた。

あばたもえくぼか、色眼鏡をかけてしまっていたのか……。


いずれにせよ、かほりは、あの日からずっと恋をしている。

雅人の音色に、感性に、技術に……もちろん、容姿もお人柄も。



「ね。何か、合わせてみて。」

ある程度の楽器は揃っている。

リコーダーか、バロックオーボエか、ヴァイオリンか……そのあたりを選ぶと思っていたけが、実際に雅人が手に取ったのは、たぶん今まで誰も使ってなかったミュゼット。

「……また、マイナーなのを……。」

かほりは、つい苦笑した。


「うん。……バグパイプ、習ってみたんだ。いいよね。ドローンがさ、かほりの通奏低音みたいで、惹かれた。」

雅人はそんなことを言って、ニッコリとほほえんだ。


……離れてる間にも、自分か雅人に対して多少の影響力を持つらしいことを知って、かほりの心が温かくなった。



バグパイプとは、スコットラインドやアイルランドなどのリード式の民族楽器で、留気袋(バッグ)に複数の笛が繋がってるようなものだ。

溜めた空気を押し出して音を出すのだが、メロディーを奏でる笛だけでなく、常に2、3本の笛から音が鳴り続ける。

ドローンと呼ばれる持続する和音は、確かに通奏低音だ。


今回、雅人が手に取ったミュゼットという楽器は、バグパイプの原理を用いた楽器だ。

バグパイプより小型で、奏者の口ではなく、ふいごで空気を送って音を鳴らす。


「淑女の楽器ね。……でも、ミュゼットもバグパイプも……どんな曲がいいかしら。ミュゼット?」


四角四面なかほりには、変わった楽器との競演の想像がつかない。

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