何度でもあなたをつかまえる
tasto solo
tasto solo~単音で
(タスト・ソロ)

*.♪。★*・゜・*♪*.♪。★*・゜・*♪*.♪。★*・゜・*♪*.♪。★*・゜


「ゐね。あなたの……父方のおばあさまがお亡くなりになりました。お通夜に弔問いたしますので、そのつもりで。」

母のかほりが、神妙な顔でそう告げたのは、ゐね19才の夏の終わり。

「……お通夜に弔問、ですね。わかりました。」

ゐねは、淡々とそう答えた。


まあ、祖母と言われてもほとんど逢ったこともないヒトの死に、何の感慨もわかないのが本音だ。


ちょうど10年前……9才の時にも父方の祖父だという人のお通夜を弔問した。

地方の古い商店街の中の狭い、お世辞にも綺麗とは言えない市場の共有スペースに大勢の人が入れ替わり立ち替わり、遺族にお悔やみを述べたり、お焼香したり……葬儀なのに活気があった。

もともと人情の厚い街ではあるが……故人の息子の1人……ゐねの父にあたる男の参列が、騒ぎに拍車をかけていた。

ほとんど交流がなかったとは言え、芸能人、それも人気音楽グループのメンバーで、誰の目にもイイ男の雅人は、当たり前のように親族席に座っていた。

いかにも憔悴し、泣き腫らしたまぶたに……ゐねは舌打ちしたい気分だった。


母のかほりに両肩を抱かれて、ゐねも一般弔問の焼香に列んだ。

弔問に同行した、同居している祖父の千秋も、伯父の千歳も、伯母のりう子も、実の父親を亡くしたその男と親しげに言葉を交わし、慰めていた。

しかし、母は口を引き結んだまま、深くお辞儀をしたのみ。

なのに、それまで沈鬱な顔で座っていた雅人の涙腺がどっと決壊した。


……離婚した元妻に対する未練?……気持ち悪っ!

ゐねは本気で、実父の雅人を毛嫌いしていた。


浮気で母をさんざん泣かせた、最低男。

二度と顔も見たくないのに、テレビやラジオで、顔を見ることも、声を聞くことも日常茶飯事だ。

ゐねは視線を一切合わせないまま、無言で焼香を済ませて、すぐに会場を出た。


雅人だけじゃなく、実の祖母らしき女性も自分を凝視していたけれど……関わりのない人と割り切った。



あの時の、女性も亡くなったの……そう……。


不思議なぐらい他人事だった。

< 202 / 234 >

この作品をシェア

pagetop