何度でもあなたをつかまえる
「……本当に罪がないと言えるかしら。……あの男の放蕩は、母親が幼少期に失業中の父親と自分を捨てて、他の男に走ったことに起因する……って、おばあさまがおっしゃってたわ。」

もともと雅人を好いてはいなかった祖母は、やはり父を毛嫌いする孫娘に、マイナス要素ばかりを吹き込んだ。

たまに祖父が雅人を褒めたところで、橘家における雅人の地位は失墜したまま。

『人間性はともかく、音楽性は素晴らしいと思うよ。』

フォローになってるのかどうか……千尋はそんな風に言った。




暑い夜だった。

てっきりあの古い商店街にまた連れて行かれるのかと覚悟していたが、10年たてば冠婚葬祭も様変わりするらしい。

今回は、駅前のCMでよく見るチェーン展開している葬儀社の大きな建物だった。

人が少ないと思ったら、商店街の人達にも知らせない密葬で執り行うらしい。

……え?

家族葬ってこと?

勝手がわからず戸惑いながら、ゐねは青ざめた母の後ろを歩いた。


小さなお部屋に、立派な祭壇。

喪主の長男だと紹介された雅樹は、亡くなった祖母が逃げ込んだ男の息子で、祖母とは1滴も血の繋がりがない。

けれども一番悲しんでいるのは、なさぬ仲の雅樹だった。

実子の雅人は、10年前と同じように、泣き腫らした目をしているくせに……無表情だった。


「ゐねちゃん。どうぞ。こちらへ。……義母が……ずっと、逢いたがっていました。」

雅樹はそう言って、ゐねを呼んだ。

雅人の隣の席に座れと言っているらしい。

「いえ。私はこちらで。……喪主さまのご家族の前になんて恐れ多くて座れませんわ。」

嫌味ではなく、本心でそう言った。

自分の妻子を2列めに座らせた雅樹は、赤い目にまた涙をにじませて首を横に振った。

「僕らがどれだけ慕っても……義母の血を受け継いでいるのは、この世に雅人くんと、ゐねちゃんだけですから。……本当に……優しい、愛情深い女性でした……。」


フンッ……と、雅人が小さく鼻で笑った。

優しさも愛情も……他人に移ってしまえば、もはや何の意味ももたらさない。

むしろ失望と憎悪でしかない。

かつて心から求めた母性に背中を向けたまま大人になってしまった雅人は、身を固くして渋々隣に座った愛娘のゐねに……自嘲を込めて話し掛けた。

「どうして愛情を本当に大切な人にだけに注げないんだろうな。」

過去形ではなく現在進行形でそう言った雅人に……ゐねは得体の知れぬ恐怖を感じた。

……知ってる?

このヒト、知ってるの?

私が……ちろ以外の人を慕っていることを……。
< 204 / 234 >

この作品をシェア

pagetop