何度でもあなたをつかまえる
家族葬の名の通り、弔問客はほとんど現れなかった。

たぶんご近所でもより親しい人達が数名と……橘家の当主の千秋とかほりだけが、後方に座っていた。

読経が終わり、僧侶が退席すると、喪主の雅樹は参列者のもとへやって来て、挨拶をした。

千秋とかほりには、ゐねを連れて来てくれた謝辞もあった。




「……弔問だけって言ったのに、私だけ家族席なんて、ひどい。いたたまれなかったわ。」

迎えの車に乗るなり、ゐねは千秋とかほりに向かってぷりぷりと文句をこぼした。

「ごめんなさいね。まさかりう子さんも来られないとは思わなかったわ。……家族葬って、本当に家族だけなのね。」

かほりの言葉に、千秋は苦笑し、ゐねは失笑した。

「まあ、いいじゃないか。私はずっと雅人くんの親代わりのつもりだし、ゐねにとっては本当のおばあさまなのだから。」

千秋の言葉に、ゐねは憮然とした。

「本当のって言われても……言葉を交わしたこともありませんのに。」

「……雅人くんとは?何か話せたかね?」

千秋に問われたゐねではなく、かほりの肩がびくりと反応した。

「別に……。」

ゐねはそう言って、車窓に目を向けた。

光が流れて行く……。

窓ガラスに映る母のかほりの複雑そうな表情。

まだ……あの男を忘れてないんだ……。

ゐねは唇を噛んで、目を閉じた。


……まだ小さかったけれど、ハッキリ覚えている……あの男を追い出したのはゐね自身だ。

母を泣かせるあの男が許せなかった。

だから、離婚にはもろ手を挙げて喜んだし、できることなら、母には次の恋をしてほしかった。

美人ではなくても母のかほりは充分に魅力的だ。

誠実な男性と、穏やかな幸せを満喫してほしい。

ずっとそう思って来た。

なのに、母は……毎夜、泣いていた……。

小さなゐねには、わけがわからなかった。

母の未練に苛立ち、同居の祖母に母の再婚のお見合いをお願いしたこともあった。


2年ほどたち、母はやっと泣かなくなった。

元夫への思慕をぶつけているのか、これまで以上に精力的に音楽に取り組むようになった。
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