何度でもあなたをつかまえる
え?

でも……。

かほりのスマホには、それらしい形跡が一つもない。

特定の誰かと密に連絡を取り合ってる様子は皆無だ。

タブレットやパソコンにも、仕事仲間とのやり取りの記録しか見られない。

だから、母には付き合っている人はいないと思っていた。


……いたんだ……。

いつからだろう……。

どんなひと?

再婚する気……あるんだ……。


それは、娘にとっては、なかなかの大事件だった。





翌日の告別式には、結局、橘家からは誰も行かなかった。

夕方、全てを済ませて自宅に帰り着いた雅人は、心配そうに待っていたかほりにしがみつくなり号泣した。

「……死んだ母親に対して、恨みと文句しかないなんて……俺は……俺は……」

かほりもまた、涙を流しながら、雅人の背中を必死に撫で続けた。

ベッドで強く抱き合うと、それだけで雅人の心が温かく満たされた。

やっと微笑みが戻った雅人に、かほりは、ぽつりぽつりと話した。

「……ずっと……雅人に罪悪感を抱いてらしたわ。……離婚してからは、私にも。……雅人の浮気癖をご自分のせいだと責めてらしたようよ。……因果がゐねにも回らないか、心配されて……それで、ゐねと雅人を同席させる遺言をされたんだと思う。」

かほりは、それからちょっと微笑んだ。

「お手紙全部とってあるから、読みたくなったら持ってくるわ。」


雅人は照れくさそうにお礼を言った。

「ありがと。……でも、いいよ。手紙より……かほりが居てくれるほうが、いい。」


……そうだ。

俺を捨てた母親よりも……何度、つらい想いをさせても、こうしてそばにいてくれるかほりのほうが……俺にはずっと大切な存在だ……。

なのに、どうしてこんなにつらいんだろう。

雅人は、むしろせいせいすると思っていた母の死に、ことのほかダメージを受けている自分が不思議だった。

父が死んだ時よりも、苦しい。

ともすれば溢れてくる涙を、雅人はかほりの身体になすりつけるかのように、顔をぐりぐりと押し付け続けた。



そろそろ帰らないと……。

かほりが時計を気にしだした頃、雅人がぽつりと言った。

「ゐねは……モテるだろうな。」

「……そうみたいね。あの通り、綺麗な子だから。スカウトされることも多いみたいよ。……いただいた名刺は全てりう子さんが処理してくださってるけど。」

「そりゃ、安心だな。」

そう言って笑ったあと、雅人はうかがうように尋ねた。

「千尋(ちひろ)くん以外にも、男がいるんじゃないか?」

「え……。」

かほりは絶句した。
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