何度でもあなたをつかまえる
確かに、ゐねは幼少期からモテた。

でも、小学生の間はずっと千尋がそばで目を光らせていたし、中学からはかほりも通っていた校則の厳しいカトリック系お嬢さま学校で管理されている……はずなのだが……。

「学校生活と男は別だろ。かほりだって、俺と付き合ってたじゃないの。」

……雅人の言う通りだ。


将来、会社で有益な人物になれるよう、千尋は男子校の進学校に通いながら、塾や予備校でも勉強していた。

ゐねは、オケ部と箏曲部を掛け持ちしながら、ヴァイオリンとオーボエと篳篥をプロに師事していた。

……遊んでいる暇はなかったように思っていたが……甘かったか。

大学生になってからも、真面目に音楽に取り組んでいるように見えるのは、親の欲目なのだろうか。


かほりは動揺を隠せず、雅人にギュッとしがみついた。

「……千尋くん……知ってるのかしら……。」

震えるかほりの肩を、抱きしめて、雅人は天を仰いだ。

「彼、凡庸に見えて達観してる子だもんな。気づいても、問いつめたり、責めたりしなさそう。……浮気か遊びか知らないけど、取り返しつかないことになる前に切れるといいな。……まあ、俺は、そんなこと、言えた立場じゃないけどさ。」

かつての放蕩を反省してるらしく、雅人はかほりの耳元で「ごめん。」と囁いた。

かほりは小さくうなずいて、目を閉じた。


雅人と再会してから、もうすぐ13年。

相変わらず、メールも電話もしないけれど、2人は時間をやりくりして頻繁に逢っている。

何度も壊れた愛を、……二度と壊してしまわないように……大切に大切に育んでいる。

12年前、IDEAの事務所に所属したかほりは、IDEAと同じレッスン室を使えるようになった。

パーティションで区切った専用空間にデスクも置いてもらえた……ポスト兼作業台兼荷物置き場でしかないが。

もちろん日々のレッスンは自宅でしたが、仕事の依頼や打ち合わせは事務所の職員が対応してくれるようになったため、かほりはその都度事務所を訪れた。

そのため、それまで事務所にほとんど顔を出さなかった雅人が足繁く通うようになった。

ひと目があるので、事務所で雅人とかほりが言葉を交わすことはほとんどない。

まるでオフィスラブ……それも不倫の恋のように秘めやかに……一瞬の軽い会釈にも頬が緩んだ。
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