何度でもあなたをつかまえる
楽器名ではありながら、むしろ、音楽のジャンルとしてのほうが「ミュゼット」は有名かもしれないが、それも現状では2つあると言える。

1つは、20世紀のパリで流行したアコーディオン等で演奏された小粋な音楽をパリ・ミュゼット、単に略してミュゼットと呼ぶことが多い。

そして、かほりのよく知るほうのミュゼットはチェンバロ作品になった牧歌的な楽曲達で、フランス各地の民謡のような成り立ちの曲が多くみられる。


博識で、何でもできる雅人は、どちらも器用に演奏してみせることだろう。

パリ・ミュゼットもよく似合いそうだ。

……残念ながら、楽譜がないので、かほりには弾けないけど。



「クープランでいいよ。合わせるよ。」

調音しながら、雅人は代表的なミュゼットのチェンバロ曲を作曲家名で答えた。


かほりは、戸棚からスコアを選び取ると、少し調音してから弾き初めた。


牧歌的と言っても、むしろ貴族的な音楽が心地よく流れる。

春のガーデンティーパーティか、ガーデンダンスパーティーといったところだろうか。

優雅な音色に心が躍る。


いつの間にか雅人がぴったりと斜め後ろに立って、楽譜を覗き込んでいた。

至近距離でほほ笑みを交わす。

頬に優しいキスをくれてから、雅人のミュゼットが加わった。


最初は通奏低音同士の不協和音が少し気になったけれど、お互いに音階を上げたり下げたり手探りで行き来してるうちに、ぴったり美しく響き合った。


どちらからともなく、再びほほ笑みあった。

そこからは恍惚……。


基本に忠実で遊び過ぎないかほりと、ともすればメロディー迷子になるほどにアレンジに走る雅人。

どうしてこんなにも気持ちいいんだろう……。

どんなに上手い人と演奏しても、こんなに楽しくない。

雅人とのアンサンブルが一番好き。


曲が終わらなければいいのに……とも、思う。

ずっと、こうしていたい。

そんな想いが強いからか、2人だけで自由に音楽を楽しんだ後は、……状況が許すなら、そのまま抱き合うことが多い。


この日も、最後の一音を置いた余韻は、首筋に落された唇にかき消えた。


寝室に移動するのももどかしく、ソファで愛を伝えあった。


愛してる、愛してる、愛してる……。

どんな言葉よりも、共に奏でる音の絡み合いと、実際に肌を重ね合うこの時間には敵わない。



もうすぐ、また、離れ離れの生活がやってくる……。

でも、今日のこの想いは消えないだろう。

今、この時、雅人の愛を独占しているのは、確かに私。

私だけの、雅人の時間……。


かほりは一瞬の永遠に酔いしれた。


< 21 / 234 >

この作品をシェア

pagetop