何度でもあなたをつかまえる
「先生!おかえりなさい!立ち聞きとか、やめてくださいよ!あー、びっくりした!」

あわあわする空と対照的に、ゐねは笑顔で艶然と挨拶した。

「ごきげんよう。東出先生。野暮なこと仰らないでくださいまし。」

「野暮……ねえ。かわいげのないやつだな。……立ち聞きも何も、丸見えの筒抜けだったぞ。」

歯に衣着せない東出に対しても、ゐねは背筋を張って堂々と対峙していた。

「すみません。……インターホンを押してくださればお迎えに出ましたのに。」

恐縮している空に東出は首を傾げた。

「いや、一応押したぞ。……電池切れじゃないか?確認しておいてくれ。」

そして、再びゐねに尋ねた。

「まあ、お前らのことは好きにすればいいとして……かほりさん、再婚するのか?」

「存じません!」

ゐねはツーンと顔を背けた。

「……いっちゃんがこの調子じゃ、無理でしょうね。」

空がそう言うと、東出はちょっと笑った。

「だろうな。まあ、今の状態がいいんじゃないか。あの2人は。充実期だろ。人生も、仕事も。」

「……そうかもしれません。」

空もそう同意したが、ゐねは納得できないらしい。

「今のままって!娘に隠れてコソコソ付き合ってるのがイイ状態のわけないじゃない!」

「あら。そうかしら。……お互いの家族や親戚のことで煩わされることもないし、意外とイイと思うわよ。……何より……相手に期待し過ぎなくて済むのがイイわ。」

そんな風に達観したことを言ったのは、東出夫人。

「……ほう?奥さん、離婚したいかね?」

からかうように東出が妻にそう尋ねた。

夫人は、

「馬鹿ね。」

と一蹴してから、ゐねに向かって言った。

「少なくとも、ワガママ娘の顔色をうかがいながら生活するより、ずっと幸せだと思うわよ。」


ぐっ……と、ゐねは言葉に詰まった。

傍若無人なゐねだが、この東出夫人には弱い。

国会議員という地位と、それに相応しい威厳を身につけた、頭のいい優秀な女性だ。

ゐねのように美貌と家柄を鼻に掛けた小娘は、どんなに才能豊かでも目に余る。

蛇に睨まれた蛙のように、ゐねは縮こまってしまった。



リビングルームに移動すると、空がコーヒーを入れ直してくれた。

魅惑的なアロマにほーっと心が和んだ。

「……どうして男は浮気するのかしら。」

何の気なしにそう呟いたゐねを、空が呆れたように見ていた。
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