何度でもあなたをつかまえる
お前が言うな!……とツッコみたいのをこらえているらしい。

ゐねは肩をすくめた。


「……どうしてかしら?解説してくださる?」

夫人にそう促され、東出はばつが悪そうに言った。

「本能だろ。」


「そら先生みたいに、しつこいぐらい一途な男性もいるのに。」

不満そうにゐねはそう言った。


「……嫌味?……」

既に、ゐねに押し切られてしまった過去のある空が憮然として言った。


東出はシニカルに笑い、夫人は黙殺した。

……この空気……勘弁してほしい。

「まあ、あれだろ。ほら、食事する店を選ぶ時に、気に入った店ができたら、そこにしか行かなくなるタイプか……それはそれとして、他の店も試してみたいか?」

東出の比喩に、夫人がふふっと笑う。

「確かに、私は一度贔屓にしたら常連になってずっと通いますけど……あなたは、いろんなお店にふらりと入っては、味や店員に不満を抱いて不機嫌になってらっしゃいますね。」

夫人の比喩は、本当にレストランに対するものなのか、東出の女遊び、男遊びに対する嫌味なのか……もう、わけがわからない。

さらに重い空気になりそうなので、空は別の比喩をひねり出した。

「あー、なるほど。家の飯ばかりじゃ飽きますもんね。ステーキ食べたり、パスタ食べたり……外でガッツリ食べると、帰宅後のお茶漬けがめっちゃ美味しいし……人間の舌ってワガママですねえ。」

「お茶漬けって嫌い。」

せっかくの空の比喩を、ゐねは嫌いの一言で一蹴した。


……そういう問題じゃないんだけど。

空の作り笑顔が引きつった。


ゐねは、ため息をついてつぶやいた。

「毎日食べても飽きない、いつ食べても美味しい……そんなお料理を自宅でいただけましたら……外食は必要ないのでしょうね……。」


千尋の存在は、ゐねにとっていったいどういうものだろうか。

ずっと一緒に育った双子の兄妹のような存在。

どんなにワガママを言っても愛想をつかさず変わらぬ愛情を注いでくれる父のような存在。

周囲公認の恋人で、たぶん婚約者。

初めて結ばれたのは3年前、16歳の夏。

……なのに、ゐねは……母のかほりを想い続ける空を思い切れない。

千尋がいなくなれば、そのありがたみがわかるだろうと思っていた。

でも、現実は……ゐねは解き放たれた女豹のように空を喰ってしまった。

それが浮気なのか心変わりなのかは、ゐね自身にもわからない。

ただ、今は……空の戸惑いも、やけくそのような情熱も……愛しくて、美味しくて仕方ない。
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