何度でもあなたをつかまえる
ゐねは、調子に乗ってるのか、勢いづいて言った。

「そら先生のお味噌汁なら、私、毎日とても美味しくいただけると思いますわ。」


空の笑顔が凍り付いた。

……これは……本気でプロポーズしてるのか?

助けてくれ……。


空は、無意識に東出を、それから東出夫人を見た。

東出はおもしろがって笑っていた。

夫人は、呆れているようだ。

「……本当に……頭脳も才能も、無駄遣いしてるのね。陳腐だわ。かほりさんは真摯に努力されるし、尾崎くんは独創的ですのに。」

あからさまな侮蔑に、ゐねはムッとした。

「想いを伝える言葉が独創的である必要はございませんでしょう。むしろ、普遍的なほうが正確につたえられるのではありませんか?お味噌汁なら、日本人はみんな大好きですし、世界でもポピュラーになってますわ。」

ゐねの反論は、夫人の言うように、陳腐だった。

19歳とはいえ、世間知らずのお嬢さまの中身はまだまだ子供なのだということを如実に現していた。

「普遍的って……嗜好だろ。ただの。」

呆れる東出のことすら、ゐねはキッと睨んだ。

「お味噌汁が嫌いな人なんて聞いたことございませんわ!」

……何の話をしてるんだ?

まるで子供の喧嘩じゃないか。

いや……。

子供なんだな。

この子は、まだまだ……子供過ぎる……。


ため息をついて、空は言った。

「いっちゃん。いいかげんにしぃ。東出先生に失礼や。……味噌汁を嫌いな日本人もいれば、アレルギーで味噌汁を飲めへん人もいる。無茶言うたらあかんわ。」

低い声だった。


ゐねは、今までとは違う……自分に対する拒絶を察知した。

……振られちゃった。

ホロリと、ゐねの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。


ドキッとしたが、空は顔を背けた。

立ち尽くすゐねに、夫人が言った。

「車を呼んでさしあげるわ。今日はもうお帰りなさい。……少し……落ち着いたら、またいらっしゃい。」


敵に情けをかけられるほど、自分は惨めな状態なのか……。

ゐねは二重にショックを受けた。



情熱だけで突っ走っても……身体を奪うことはできても、心を魅了することはできない……。


タクシーの中で、ゐねは敗北感に打ちのめされた。

涙はとっくに乾き、心の中に冷たいものが鎮座していた。



< 216 / 234 >

この作品をシェア

pagetop