何度でもあなたをつかまえる
伴奏しているかほりは、驚きながらも、妙に納得していた。

大学に入ってからずっと、雅人はIDEAとしてギターを弾き、歌を歌ってきたんだもの。

リコーダーやオーボエ、バグパイプと違って、口が空いてるなら……歌も歌いたくなるわよね。


同時に、かほりの中に不安が広がった。

……雅人はまだ、IDEAをあきらめていない……。


事務所を解雇されても、年末年始の忙しいはずの期間すらまったく仕事がない状況でも……雅人のなかに、IDEAがある。


演奏が終わると、アンナが拍手して誉めた。

東出は、ミュゼットの演奏自体は目にかなったらしい。

「まさか歌を聞かされるとはな。……オーボエ、吹けるんだろ?」


もっと聞かせろということかしら。

かほりは、状況を察して、楽譜の棚へと向かった。


「オーボエは……リードが、今、ちょっと……。じゃあ、かわりに、こっちで。」

雅人はリコーダーに持ち替えた。

「なんか、リクエストありますか?テレマンでいいですか?」


たいていの曲は吹ける自信のある雅人は、何の気なしに東出にそう聞いたが、伴奏のかほりは、気が気でなかった。


東出は、そんなかほりの気持ちなんぞ鑑みるわけもなく……

「ブランデンブルク4番。」
と、とんでもない大曲を挙げた。

「ヴァイオリンなしで?」


かほりが目を見開いて立ち尽くしているのを気遣いながら、雅人は東出に確認した。

「かまわん。4月に振ることになってる。パート練習だと思えばいい。」

最後の言葉は、一応、かほりの緊張を解くつもりで言ったのだろうか。


かほりは、あわてて棚を漁ったが、絶望的な顔で雅人に言った。

「ごめんなさい。パート譜しかないわ。チェンバロと、ヴァイオリン。」


雅人は2冊を受け取って、さらっと見てから、かほりの頬に軽く口づけた。

「充分だよ。曲は覚えてる。……かほりにも、無駄な緊張を強いてごめんね。できるところまで、よろしく。」

かほりはため息をついて、うなずいた。


調音しようとするかほりを東出が急かすので、雅人も手伝う。

「……今時、そんなしちめんどくさい楽器を使うヤツらの気が知れん。どこがいいんだ。」

ぶつぶつこぼす口振りから、東出は古楽器が好きではないことがうかがえた。

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