何度でもあなたをつかまえる
「遠距離恋愛ってやつか?帰るんだろ?日本に。」

「ええ。……そういや東出さんも、奥さん、日本でご活躍だよね?仮面夫婦なの?」

くるっと、雅人の表情も言葉遣いも変わった。

噂に聞いた、政治家と音楽家のすれちがい夫婦に対する純粋な興味らしい。

「子供はフランスに留学してるし、普通に行き来してるぞ。……公的に関わらないだけで。」

「私的に交流してるなら、公的に隠さなくていいのに。変なの。」

それじゃ、仮面夫婦でもなんでもない。

「ああ。ただの別居婚だ。……2人ともプライドが高いから、お互いの仕事に利用し合いたくないだけだ。」

「……ライバルみたい。全然、ジャンル違うのに。」

雅人は少なからず驚いた。

そういう形の夫婦もあるのか、と。



いつまでも話が終わらない2人に、アンナが痺れを切らして、急かす。

「Laten we gaan binnenkort!」

オランダ語で、東出に早くしろと言っているのだろうと、雅人は推察した。

ぷりぷりしてるアンナに、ごめんねと片手で拝む仕草をしたけれど、アンナには伝わらず、東出が諦めた。

「わかったわかった。じゃあな。邪魔したな。けっこうおもしろかったぞ。かほりさんによろしく。……まあ、お前は、日本でがんばれ。中途半端な路線じゃなくて、ちゃんと、自分のスタイルで勝負しろ。諦めるのはそれからでも遅くないだろ。」

東出は、アンナに腕を引っ張られながら、雅人にそう言った。

「うん。そのつもり。ダメ元で、やってみる。」

ひらひらと、雅人は手を振った。

意外とイイヒトだったな、と満面の笑顔で。


罪のない無垢な笑顔が、東出の悪い癖を刺激したが……

Not the time yet.

心に閉じこめて、東出は良き理解者の仮面をかぶって背を向けた。


まだ、早い。

こいつは、これからまだまだ進化する。


……いや、あのお嬢さんも……化けそうだな。


何にせよ、強引なオランダ女のおかげで思わぬ拾いものをした。

東出は、自分の携帯に取り込んだ雅人の連絡先を、日本の妻に転送した。

俺にできることは、今はない。

健闘を祈る!


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