何度でもあなたをつかまえる
agitato
agitato~激しく、苛立って
(アジタート)

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橘家の現当主、橘千秋は、オフィスビルの眺めのいい高層階の常務室で、デスクの引き出しを開ける度にため息をつく。

中には、全く売れないまま消えてしまった男3人のフォークソング系アイドルトリオのCDがギッシリと詰まっている。

外出する度にCDを取り扱っている店に寄り、IDEA(イデア)のCDを購入していたら、夥しい数になってしまった……。

個人がこれだけ買っても、オリコンとやらには何の影響もないものなのか。

ジャケットでぎこちない笑顔の3人……とりわけ、真ん中のイケメンのよそ行きな笑顔をじっと見る。

……このまま諦めてほしいような……もう少しがんばって成功してほしいような……。

彼……雅人(まさと)くんと愛娘のかほりのために、いったいどちらが望ましいのか……。

橘千秋の葛藤に答えはまだまだ出そうにない。






出逢いは、偶然であり必然であった。



折からの不況の煽りによるリストラを避けるために、いくつかの子会社と袂を分かち、会社をスリム化させることになった。

苦しい時期を乗り切ることに成功し、厳しい冬を耐え抜いた会社は、うなぎ登りに業績を上げた。

しかし、傘下を離れた子会社の中には、荒波を乗り切れず、倒産の憂き目を見たところもあった。

決して、業績の悪い子会社を切り捨てたわけではなく、経営者とよくよく話し合った結果、独立の意志を尊重しての措置だったのだが……。


職を失った元傘下企業の社員を、千秋は自分の関与する財団や社団に紹介し、救済雇用を求めた。

もちろん仕事を求める全ての元社員に再就職先を世話することはできない。

だが千秋の温情を知り、五月雨式に陳情者が後を絶たない。

気を利かせたベテランの常務秘書が、千秋には報告せずに面談を断わらざるを得ない状況だった。




ある日、退社時の千秋に突進してきた男がいた。

見るからに酔っ払った男は、会社の警備員によって、千秋に触れることもなく地面に取り押さえられた。

訳がわからないままに、千秋は秘書と運転手に守られて車に乗せられた。
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