何度でもあなたをつかまえる
空気が変わった。

先ほどまでの陽気な笛吹の少年が、突如、プロ顔負けのバロックリコーダー奏者に変貌した。

テレマンのソナチネニ短調第四楽章プレスト。

高音が華やかで爽快だが、速い。

ただでさえ難しい曲を、雅人はアレンジを加えて小気味よく演奏した。


……すごい……。

テレマンどころか、バロック音楽すら知らない、周囲の聴衆も息をのみ聞きほれた。

誰も何も話さない。

……いや、話せないのだ。

すっかり雅人の技巧に圧倒されてしまっている。

通りを走る車のエンジン音すら、遠慮がちに感じられた。



雅人がリコーダーから口を離すと、その場にいたものたちは、惜しみない拍手を贈った。

うれしそうに、雅人は四方八方に頭を下げ、地面に置いていた黄色いキャップを拾うと、ぐるっと聴衆の前を回った。

みな気前よく小銭を入れていた。

まるでプロの大道芸人だ。


……それで……いいのか?

痛々しくて見ていられない。

たまらず、背を向けてはみたものの……千秋は、その場を立ち去ることはできなかった。




人が少なくなるのを待って、千秋は雅人に尋ねた。

「君は誰に師事して、リコーダーを学びましたか?」


……こんなことをいつまでもさせていては、彼の芸が荒れ、品性が落ちてしまう。

とても放置できない。

師からうまく諫めてもらおう。


ところが、雅人は思いも寄らぬ返答をした。

「しじ……。先生?先生はピアノを弾くから吹かないよ?」

どういう意味だ?

「先生は、ピアニストですか?」


雅人は首を傾げた。

「ピアニスト?……担任の先生。ピアニストなんて、そんなレベルじゃ、ぜんぜんない。歌の伴奏も怪しい時あるよ。」


千秋もまた、雅人の返答に首を傾げた。

つまり、この子は……学校の先生の話をしてるのか?

「いや、そうじゃなくて。リコーダーは、誰に教わってるのですか?」

再び千秋が尋ねてみる。


雅人は、不思議そうに言った。

「だから、担任の先生だってば。あと、笛の会社の人が一時間だけ指導に来てくれたー。それを思い出して真似してる。」

「……では、自己流ということですか?」


千秋は、愕然とした。

信じられない。

独りで、これだけの技術と表現力を身につけられるものだろうか。
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