何度でもあなたをつかまえる
「え……。」

絶句するかほりに、空は追い討ちを掛ける。

……チョロいな、と心の中でほくそ笑みながら。


「知らんかったん?ドイツは日本より男女共同参画社会やで。ドミトリーどころか、ユースホステルも同室が当たり前。サウナも素っ裸で一緒に入るねんで。」

「……サウナは知ってます。以前モーツァルテウム音楽大学のインスブルック・バロック音楽講習会に参加した時に、足を伸ばしてバーデン・バーデンに参りました。」


その時のことを思い出して、かほりは頬を紅潮させてうつむいた。

女の子らしい恥じらいを目にして、空はかほりのことをかわいい……と思った。



すれてないお嬢さまや。
 
顔も、まあ、絶世の美人というわけでもないけれど、普通にかわいい。

ええやん!

2年間、楽しくなりそうやな。


そのためには、この同居を成立させなくてはいけない。

空は、言葉を尽くし、準備していたお茶とケーキでかほりをもてなした。



「……郷に入れば郷に従え、ですね。わかりました。……ルールを遵守してくださるなら、同居を受け入れます。」

最終的には、もう1人の同居人アンナと共にかほりを酒場へ連れ出して、ケルシュをしこたま飲ませた上での同意だった。




シェアハウスの生活は、想像した以上に快適だった。

初対面でかほりを気に入った空は、ただの同居人以上に心を砕き、まるで、家庭的な母親のように面倒を見てくれた。


「俺のこと、おかんって呼んでもいいで。」

最初に空は、おどけてそんな風に言った。

母に世話をしてもらった記憶のないかほりには、いまいちピンと来なかった。



話し合いの結果、洗濯はアンナが、掃除は空が担当することになった。

食事は、朝だけ当番制で準備して一緒に食べ、昼と夜は自由と決めた。

料理に興味があったはずのかほりは、朝食のスクランブルエッグを何度も焦がして、とうとう挫折した。

アンナもそう得意というわけではないらしく、結局、もっぱら空の係となってしまった。


空は、早くにお母さんを亡くしたとかで、留学するまで、お父さんとずっと2人で暮らしていた。

「せやし家事は当たり前の日課?ヴァイオリンの練習の息抜きにちょうどよかったしな。」

さらっと、そんなことが言えるぐらしい、空の家事能力は高かった。

次第に外泊の増えたアンナの代わりに、洗濯も鼻歌まじりにやってしまった。


テレビでドイツの料理番組を見つけたらしく、食卓には旬の食材をふんだんに取り入れたローカルフードが並べられた。


かほりもアンナも、あっという間に、空に餌付けされた。
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