何度でもあなたをつかまえる
「すごく時間がかかりそう……。毎日、工房に通ってらっしゃるの?」

毎日、教授に会ってるの?

……今も、教授の所有するマンションに居るの?

りう子という女性の部屋に転がりこんでるの?


心配そうなかほりに、雅人の胸が痛んだ。

かほりも、教授と同じだ。

ハッキリとは責めないし、問い詰めるつもりもないらしい。

でも、2人とも……雅人を軽蔑したり、見捨てるつもりもないことも、よくよくわかっている。

雅人が誤った道を修正するまで……ちくりちくりと、さいなみ続けるのだろう。


「いや。毎日、マンションのスタジオにわざわざいらして作業されてるよ。あのツィターは、教授に勧められて練習したんだ。」

毎日……じゃあ、雅人も教授のマンションに居る?

「そう。……明日、ご挨拶させてもらうね。」

明日、あのマンションに、雅人を訪ねてもいい?


かほりの意図を雅人は正しく理解した。

「教授、喜ばれると思うよ。……俺も、うれしい。」

雅人はそんなことを言って、かほりをぎゅーっと抱きしめた。


それだけで充分だった。

かほりもまた、雅人の背中に両腕をしっかりと回した。


そして、なるべくさりげなく、さらりと言った。

「……じゃあ、用事を済ませてから、うかがうわね。」


用事……。

雅人の瞳に動揺が浮かんだ。


かほりは、にっこりと笑顔を作って続けた。

「そうだわ。お父さまが、ステンズビーのリコーダーをお買い求めになったそうよ。聞かせてほしいって。明日の夜、来ない?」

「ステンズビー!?マジで!?オリジナル?」

雅人の顔がパッと輝いた。


かほりは笑顔をキープしてうなずいた。

「ええ。ブランシェと同時に、オークションにかかったそうよ。酔狂よね。」

「……すげぇ……。」


これで当分の間、雅人は我が家に足繁くやって来ることになるだろう。

かほりは父に感謝すると同時に、……覚悟を決めた。


雅人のかほりへの愛を確認できた今、手を汚すことに迷いはない。


今までも、ずっとそうしてきたように……雅人の遊びを、後腐れないよう尻ぬぐいするのは、かほりの役目だ。

……雅人に任せておいたら、切るどころか、押し切られて、ずるずると続いてしまう。

相手の女の子に、恥をかかせないよう、逆恨みされないよう、まずは1対1で話し合う。

それでもダメなら、自宅を訪れて、ご両親同席の上でお話をする。

ほとんどの女の子は、それで諦めてくれた。


いつの頃からか、雅人も、遊び相手にかほりの存在を明言するようになった。

それだけで、かほりが心を砕くことは激減したのだが……。
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